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HQ!!を応援してるブログです。腐ってますので何でも大丈夫な方向け。 初めましての方はリンクの「初めに」をご一読ください。 since2011.03.10
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長編2話目です。以下、読む前にご注意ください。

※旭さん二年、のやっさん一年の秋ごろです。
※旭さんに彼女がいます。
※幸せらぶらぶな二人はいません。切ない、すっぱい系です。

それでも大丈夫だよって方は、追記からどうぞ!
のんびり更新になると思いますが、よろしければお付き合いください。

暁の恋
act2



先週、彼女ができた。告白してくれたのは、隣のクラスで委員会が同じだった女の子。
前から好きだったわけではないが、いい子だなとは思っていた。委員会でいつも元気に動きまわって、仕事をして。
周りからも好かれていて、笑って話している様子はこちらまで元気をもらえるような子だ。
そんな彼女が、真っ赤になって震えながら告白してくれた。
断るっていうのも、少し考えた。バレー部でも先輩が引退して、自分もレギュラーだしエースなんて呼ばれ始めている。
でも、いつも元気な彼女の瞳が潤んで不安そうに揺れるので、思わず了承してしまったのだ。

そんなことを考えながら、次の体育のために更衣室に向かって廊下を歩いていると、合同で体育のある4組の澤村とスガにばったり会った。
旭、とスガは笑顔で手を振ったけど、澤村は無表情で、なんか威圧的だ。というより、澤村はいつも俺に対して威圧的なんだけど。

「二人とも、今から着替え?」
「うん、一緒に行こうか。ね、大地。」
「しゃーねえから一緒に行くか。」

更衣室に入って着替えだしたところで、スガが小声で話しかけてきた。

「そういえば、旭、彼女できたんだって?」
「!!?ちょ、どこでそれ聞いて・・・!!」
「このテの話はすぐ回るって分かってるだろ。特にスガには。」

澤村も横から口をはさむ。それを聞いて、確かにと納得した。
スガは女友達が多い。柔らかいスガの雰囲気は女子も喋りやすいらしく、よく相談なんかもされると聞いたことがある。

「2組の子でしょ?けっこう可愛いって言ってる奴も多かった気がする。」
「あー、そうなんだ。」

そうか、彼女は男子にも人気があったのか。そんなこと、全く知らなかった。
もともと女子にあまり興味がない・・・というわけではないのだが、恋愛をしたいという意欲に欠けるところがあった。
恋愛よりは、バレーが優先というか、女の子がいなくても楽しくやっていけていたのだ。
二年になってからは、特にである。原因は、多分一つ下の後輩だろう。部活が休みだと、よく一緒に遊んだりしている。
それだけで十分なんて、よくよく考えると、それで大丈夫かという感じだが、彼といるのはそれくらい心地いいし、楽しかった。

「にしても、旭が付き合うとは思わなかったな。西谷はいいの?」
「はっ!?」

さっき思い浮かべはしたが、まさか彼女との引きあいに出されるとは思わず自分の耳を疑う。

「あーんなにお前のこと好きだって言ってくれる後輩より、可愛い女子をとるんだな、お前ってやつは。」
「な、何言ってんの二人とも!?」

突然のぶっとんだ話に、俺は思わず大声を上げてしまった。そのせいで、同じクラスの友達まで首を突っ込んでくる。

「え、なになに、東峰なんかあったの?」
「こいつが悪い男で、彼女いるのに可愛い後輩を手のひらで転がしてるっていう話ー。」
「ちょ、何を・・・」
「ええ!何その羨ましい話!東峰こんな優しそうなフリして、お前やるなー!」
「もう澤村、なに言ってんだよ~・・・」
「ばか、冗談だよへなちょこ。」

はははって周りは笑って、冗談ってことで話は落ちついた。いやまあ、実際に冗談以外の何ものでもないんだが。

「全く、スガも澤村も何ワケ分かんないこと言ってんの。」

みんなが離れた後で、小声で二人に文句を言う。危うく二股男なんてレッテルを貼られかけたのだから、それくらい言ってもいいだろう。

「部活とかでは、言わないでよ。」
「なんで、別にいいんじゃねーの?」
「やだよ、恥ずかしいじゃん。」
「なに、後ろ暗いことでもあるの?旭。」
「え、いや・・・と、とにかく!別に、言わなくてもいいでしょ、部活と関係ないんだから。」

そこまで言ったところで、予鈴が鳴った。旭はまだ、上着を脱いだだけだ。
慌てて着換え出した旭の横で、ちゃっかり澤村とスガは着替え終わっていて、二人並んで更衣室のドアに向かっていく。

「んじゃ、俺らは先に行くからな。遅れるなよへなちょこ。」
「旭、遅刻しないようにね~。」
「お前らなぁ・・・」

取り残された旭は、それから急いで着替えて、なんとか次の授業の本鈴が鳴ると同時にグラウンドに辿りついた。





「あ、二年の体育だ。」

そうつぶやいたのは、後ろに座っている女子だった。ちなみに席は、窓際の一番後ろ、俺は後ろから二番目だった。
前に背の高いヤツがいるわけでもないし、視力がいいから席はいつも後ろの方だ。
彼女の言葉につられるように、グラウンドの方を見下ろす。二階のここからは、グラウンドを走るのが割とよく見えた。
今月はどの学年も体力テストだから、何をしてるか大体分かる。今日は短距離走みたいで、百メートルのトラックを順番に走っている。

あ、あれは・・・

髪をまとめて、後ろでお団子にしている旭さんが目に入った。順番待ちをして、座っている。
こんなに遠くても、すぐ分かる。俺の視力がいいことだけが理由ではないかもしれないけれど、それには気付かないフリをしたい。

あと少しで、走るんだな。
旭さんの前の組が、スタートラインに立っている。
走りだした二人なんか全く目に入らなくて、今は走りだす直前で、少し緊張してるような旭さんを見つめる。
立ちあがって、ハーフパンツの砂を払う。ゆっくりとスタートラインに立つ。
構えて、次の瞬間には走りだした。
旭さん、けっこう足速いんだよな。運動神経、いいから。一歩がデカイから、隣の奴と差が開いてく。
時間にして、ほんの15秒足らず。もっと見ていたいって思ったけれど、百メートルなんてあっという間だ。
残念だな、と思っていたら。

「西谷、何見てるんだー?」
「・・・あ。」

気がつけば、隣に今さっきまで黒板の前で授業していた数学教師が立っていた。
丸めた教科書をにぎる手に、少し力が入りすぎてるんじゃないだろうか。

「明日までの課題、西谷だけ増やしておくからな。」
「ちょ、勘弁してください!」

どっと教室は笑いに包まれたものの、俺はがっくりと肩を落とした。まったくもって、ついてない。
けれど、旭さんの走る姿を思い出して、いいものが見れたから、まあいいかと思いなおすことにした。


授業のあと、先程の数学教師に職員室に来るように言われたので、面倒くさいと思いながら階段を一段飛ばしで降りていた。
その時、二階の階段のところで体育帰りの三年とすれ違った。その中にぴょこっと見えるお団子を見つけて、思わず名前を呼んでしまった。
驚いたようにびくっとなってから、振りかえった彼は俺の姿を確認すると柔らかい表情になった。

「びっくりした、どうしたの西谷。」
「旭さん、さっき体育でしたね。百メートル!」
「あれ、なんで知ってるの。」
「さっき、旭さんが体育してるの見えたんですよ!走ってるとこ、すっげえかっこよかったです!旭さん足も速いし!」
「や、別に大したことないよ。運動部ならもっと早いヤツいっぱいいるし・・・」
「でも、旭さんかっこよかったです!」

そう言うと、少し顔を赤らめて照れていた。そういう表情が、ずるいなあって思う。ありがとう、なんて笑ってくれるだけで温かい気持ちになる。

「西谷はこんなとこでどうしたの?」
「ああ、職員室に行きかけたところで旭さん見つけたんで。」
「職員室?」
「や、ちょっと課題・・・じゃなくて、連絡があるからって言われて。」
「課題って・・・」
「あーっと、俺、もう行きますね!旭さんまた部活で!」
「ちょ、西谷」
「失礼しまっす!」

そう言って、慌てて踵を返す。後ろで旭さんが呼びとめた気がしたけど、そのまま廊下の人ごみの間を縫っていく。
うっかり口を滑らしてしまった。これで俺に課題が出てしまったことがばれてしまったかもしれない。
カッコ悪いことを知られてしまったなと悔しい思いを感じながら、急いで職員室まで走って行った。




「西谷、何かやったのかな。」

先程会った後輩のことを考えながら、旭は廊下を歩いていた。目的地は、屋上。
今朝、メールで彼女から「お弁当を一緒に食べたい。」というようなことを言われたからだ。

西谷は勉強が得意ではないけど、授業態度が不真面目というわけではないはずだ。
練習の疲れで、うっかり居眠りでもしてしまったのだろうか。
そんなことを考えてるうちに、最後の階段を上がりきっていた。
屋上に続く重い扉を開けると、そこには陽だまりに座って自分を待つ彼女がいた。

「ごめん、遅れた。」
「ううん、全然待ってないから、大丈夫だよ。」

少し距離をあけて、隣に座る。彼女が持っている弁当箱が、二つあることに気付いた。

「二つ、食べるの?」
「まさか!・・・一つは、東峰くんに食べてもらおうと思って持ってきたの。」

そういって差し出されたのは、可愛いくまがプリントされた小さいお弁当箱だった。

「え、俺に?」

驚きが隠せないが、彼女が頷くのでありがとうと礼を言ってそれを開ける。
そこには、色とりどりのおかずが入っていて、きっと時間がかかったのだろうと思わせるものだった。

「すごいね、料理うまいんだ。」
「ぜ、全然。これくらい、すぐつくれるよ。」

そういう彼女の頬が赤いので、俺はくすぐったいような気持ちになる。
まっすぐな好意をもらうというのは、恥ずかしいけど嬉しいものだ。
一口食べて、「おいしいよ」と言った。
そう言えば、彼女の表情がぱっと明るくなって、好意をもらった自分も少しながらそれを返せたと安堵した。

この感覚は、いつもあの小さな後輩に感じるものに似ている気がする。
彼がいつもくれる好意に、自分はお礼を言うことしかできない。それでも彼は、これ以上ないような明るい笑顔をくれるのだ。
それから、ぽつぽつと喋りながらお弁当を食べていた。その途中、彼女があっと思い出したように話だした。

「そういえば、今日の二時間目、三組って体育だったよね。」
「え、うん。」
「私、窓際の席だから、見えたんだ。東峰くん、足も速いんだね。」
「あ、いや別に。俺、そこまで速くないよ。」
「でも、かっこよかったよ!」

そう改めて言われて、赤面してしまう。面と向かって褒められるのは、どうにも恥ずかしいのだ。
あれ、そういえば、さっきもこんなことを言われたような・・・

「ははっ。」
「え?」

突然笑ってしまった俺に、彼女がクエスチョンマークを浮かべた顔を向ける。
ごめんね、と謝りながら説明する。

「さっき後輩に、同じこと言われたからさ。ちょっとおかしかったんだ。」
「後輩?」
「うん、バレー部の。知ってるかな、西谷っていうの。」
「あ、知ってるよ。髪の毛立ててる、背が小さい子だよね。可愛いって話、聞いたことある。」

可愛い、か。西谷が聞いたら、きっと複雑な顔をするだろうな。
彼は見た目は確かに可愛い部類かもしれないが、いつだってかっこよさを求めていると思う。

「確かに、背は低いかもしれないけど、西谷はかっこいいよ。男らしいし、自分の決めたことにはまっすぐで。」

バレーだってすごくうまいし、俺なんかよく怒られるんだ。もっと自信持てって。
気がついたら、自分が一方的に喋っていることに気がついて、慌てて謝った。

「あ、ごめん。俺ばっか喋ってたね。」

恥ずかしくなって頭を掻いたら、彼女は笑って答えた。

「ううん、全然。むしろ、東峰くんがこんなに喋ってくれてびっくりしたけど嬉しい。」

東峰くんって、西谷くんとすごく仲がいいんだね。
そう言われて、嬉しそうに後輩のことを長々と語ってしまった自分に対して、なんだかすごく恥ずかしい気持ちになった。
なんと答えればいいのか分からなくて、出てきたのは、そうかも、と曖昧な言葉だけだ。
何か、自分の中で気がつきそうなことがあるのに、出てこない。こう、すぐそこまで出かかってるのにっていう、もどかしい感じ。
でも、それは気付いたらいけないことにも思えて、気にしないでおこうと心で納得した。
気がついてしまえば、取り返しのつかないようなことになりそうな気がした。
それからは、たわいもない話をしているうちに、予鈴が鳴った。
そろそろ教室に帰ろうかと腰を上げた時に、彼女が言った。

「東峰くん、その、帰りとかって、一緒に帰れないかな。」
「帰り?ごめん、俺、部活あるから遅くなるし、帰りはちょっと・・・」
「そっか、無理言ってごめんね。」

申し訳ないと思いつつ、部活帰りの時間まで彼女を待たせるわけにはいかなかったので、休みのときに一緒に帰ろうと約束をして、屋上を後にした。




部活が終わって、時計を見ればもう8時になろうかという時間だった。
帰り支度をしながら、俺は隣で着替える西谷に今日の昼間に言っていたことを問いただした。

「で、西谷は結局、何の課題を出されたの?」
「うっ・・・いや、別に、なんもないっすよ。」
「いいから。その、一人でするより、二人でした方がよくない?」
「え、それって」
「手伝えるなら、どうかなって。今から帰って一人でするの、大変じゃない?」
「っ旭さん!!ありがとうございますっ!!」

本当に、嬉しそうに笑ってくれる西谷を見て、心の中が温かくなる。
自分から、人に何か申し出るのはもともと苦手だ。でも、西谷になら、言える。
どこかで、西谷は自分を突っぱねたりしないという安心感を持っているのかもしれない。
そう思えるのは、きっと彼がこんな自分を気に入ってくれていることを知っているから。そう思えるくらいに、彼がまっすぐな気持ちをぶつけてくれるからだ。

残って課題をするからと、澤村から鍵をもらう。
一つ置いてある机に西谷を座らせて、その横に立つ。数学のプリントで、問題は多いがそう難しくない。

「分からない問題があったら、聞いて。」
「分かりました!」

そう言って問題にかかった西谷だったが、半分もいかないところで詰まってしまった。

「・・・授業中、もしかして寝てる?」
「いや、起きてますよ!・・・大体は。」
「そっか。」
「あ、旭さん今ちょっと呆れてるでしょ。みんながみんな、旭さんみたいに頭良くないんすよ!」

そんなことを言い合いつつ、分からない問題の解き方を教えながらプリントを進めていく。
少し教えてやれば、西谷もすいすい問題を解いていく。これならすぐに終わるだろう。
問題に向かう横顔は、バレーをしているときに見るような、真剣な顔だった。
時間にして三十分くらいだろうか。西谷は、出来あがったプリントを見て震えていた。

「うわー、最後まで終わった!しかもこんな早くとか、ホントに旭さんありがとうございます!」

そう言って、嬉しそうにプリントを自分の胸の前に持って、こちらに見せる。さっきまでの真剣な表情とのギャップが激しくて、なんだかおかしい。
俺は、頑張ったな、と言いながらその頭を撫でた。
へへ、と笑う彼は人懐こい猫みたいだ。きゅっと上がった眦が細められて、少し頬が赤くなっているのが可愛らしい。


――ああ、女の子たちが彼を可愛いって言うのは、こういうことかな。


そんなことを考えながら、手をゆっくり離して、帰り支度をした。
部室に鍵をかけている後ろで、彼は鼻歌を口ずさんでいる。いつもよりも、すごく上機嫌だった。

「旭さん、俺なんかお礼に奢りますよ!何がいいですか、ガリガリですか?」
「そんな、奢ってもらうほどのことしてないよ。あとガリガリは西谷の好物でしょ。」
「え、旭さんガリガリ好きじゃないんすか!?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ・・・」

そんな会話をしながら、校門に向かってグランドを突っ切って歩いていく。もう他の部活も終わってるみたいで、人はほとんどいない。
そんな中で、校門のところに小さな影があった。

まさか、と思った。だって今日は、一緒に帰れないと言ったはずだ。
でも、その姿には見覚えがあって、俺は無意識に歩く速度をゆるめる。
それに気がついて、西谷は「どうしたんすか?」と聞いた。そして、校門の方を見て、もう一度、俺の方を見た。
そのときに見せた西谷の表情は、どう表現したらいいのか分からない。
とにかく、さっきまでとは明らかに違う表情だったことだけは間違いなかった。
ぼんやりと、こちらを見上げて。無表情というか、心がどこにもないような、そんな固まったような表情だった。
そんな表情は、今まで一度も見たことがなかった。笑っていても、怒っていても、彼はいつだって感情をまっすぐ乗せていたのに。

「・・・に、にしの」

しかし、それもほんの一瞬だった。
見間違いかと思うくらいに、次の瞬間にはその見慣れない表情は姿を消して、いつもの元気な後輩の表情がある。

「旭さん、俺、家の用事頼まれてたの忘れてました!申し訳ないっすけど、先に帰ってもいいですか?」
「え」
「ホント、すみません!ガリガリはまた明日ってことで!」

じゃ、失礼します!
一息にそう言って、彼はまっすぐ走りだした。まくしたてる勢いの圧されて何も言えないまま、彼が校門をくぐっていく。
彼の姿が暗闇に消えて、俺はまたゆっくりと歩き出した。
もうあと十数メートルというところで、彼女がこちらに気づく。小さく手を振っていた。

「どうしたの、こんな遅い時間まで・・・」
「部活終わるのが遅くなったからさ、バレー部も、もうすぐ終わるかなって思って。」

ちょっと前に、澤村君と菅原君に会ったの。東峰くん、今日は遅くなるから、先に帰った方がいいって言ってくれたんだけど。

「でも、どうしても一緒に帰りたいなって思って。ごめんね、迷惑だったかな。」

スガたちに会ったなら、彼女は随分待っていたのだろうと思った。
秋もだいぶ深まってきたし、この寒空の下なら、つらかったのではないだろうか。
小さな手をこすり合わせているのを見て、その手はずいぶんと冷えているのだろうと察しがつく。

もし彼女が、こんな遅くまで一緒に帰りたくて待っていてくれたなら、普通の男は喜ぶのだろう。
でも俺は、ただただ驚きが先にきてしまい、こんな時間まで待たせていたことに申し訳なさを感じてしまう。
そして、走っていってしまった彼のことがひっかかって、胸の辺りが重くなった。

「・・・東峰、くん?」

何も言わない俺に不安になったのか、彼女が名前を呼ぶ。
俺は慌てて、ごめんと言った。待たせてごめんね、と。一緒に帰ろうか、と。
それを聞いて、彼女は安心したように笑う。

「よかった。」

そっと遠慮がちに、小さな左手が俺の右手を握った。その手は、やはり随分冷えていた。
その手を握り返して、歩きだす。
柔らかい感触。しっとりとした、水分を含んだ女の子特有の感触。
それはとても心地いいはずなのに、俺はその手に、さっき走っていってしまった彼の手を思った。
あの小さくとも男らしい手を。自分を助けてくれる、ボールを繋いでくれる、彼の手を。
彼の手を握ったことはないけれど、きっと自分よりも温かい気がする。
暗くなった道を、彼女の部活の話や友達の話を聞きながら歩いた。こちらを向いて、楽しそう話すのに頷いて、相槌を打つ。
でもその内容は、なかなか頭に入ってこない。彼の見せたあの表情がずっと頭の隅にちらついて、駅に着くまでの十数分の道のりがなんだか苦しくて仕方なかった。



次の朝、どんな顔をして西谷に会えばいいだろうとか、そんなことを考えながら学校に向かっていた。

「ふぁ・・・」

色々考えていたら、あまり眠れなかった。欠伸を噛み殺したところで、背中にバシンと衝撃を受ける。

「旭さん、おはよーございます!」

振りかえれば、そこには自分の肩ぐらいにあるとがった黒髪があった。
見上げるようにこちらを見る瞳は、淀みなく元気いっぱいといった風だ。

「あ、お、おはよう西谷。」
「のんびりしてると朝練遅刻しちゃいますよ!」

駆け足で俺を抜いて、笑っている西谷は、あまりに普段通りだった。
だから昨日のことを蒸し返す気にもなれなくて、おれは「うん、急ぐよ。」なんて返事しかできなかった。
彼の性格を考えれば、自分に彼女がいることを知れば、きっと追求してくるに違いない。
前もスガが女友達といるのを見て、彼女かどうかなんて田中と一緒になって大騒ぎをしていたのだ。
自分の気持ちにまっすぐで、思ったことは、素直に口に出す性格。それが自分の思う西谷夕という人間だった。
遠ざかっていく後ろ姿は、昨日と一緒だったけれど、暗い夜道ではなく朝方のまぶしい坂の上に消えていく。
それは今から、彼が自分と同じところに向かっている。坂を登り切れば彼は間違いなくいるのだ、そう思うと安心できた。

「昨日のアレは、見間違いだったんだろうな・・・」

ぽつりとつぶやいた答えが出るアテもない言葉を、朝のすがすがしい空気がさらっていった。





すっかり暗くなった坂道を駆け下りながら、ぐらぐらと揺れる視界と上がっていく呼吸に耐えられなくなって、細い路地に曲がりこんだところで足を止めた。
猫の子一匹通らないそこは、きっと誰にも見つけられることはないだろう。

「うっ・・・」

涙を必死にこらえようとしたけれど、どうにも出来なくてぼたぼたと滑り落ちてくる。たまらなくなって、そこにしゃがみこんだ。
大丈夫って、思ったのに。
こんなことがあるって、覚悟もしていたのに。
それでも、いざ目の前でそれが現実になると、苦しくて苦しくて、逃げ出すことしかできなかった。


――彼女さんが待っててくれてるなんて、妬けますね旭さん!


そんな台詞だって、用意していた。けれど、何も言えなかった。
普通の自分を装って、気付かないふりをして、その場を離れるので精一杯だった。
きっと、旭さんは俺の行動を不審に思っただろう。
明日、どうしたらいいんだ。彼女だと気付かなかったフリをしようか。それとも、彼女がいたことをちゃかしたらいいのか。
どっちにしても、苦しいことに変わりはないけれど。

「旭、さん。旭さん・・・」

もう隣にいないその人の名前が、唇から零れていく。
旭さんが付き合いだしてから、好きな気持ちに蓋をして、それでも傍にいようって決めてからはじめてだった。
一緒に居残りするのも、二人っきりで帰るのも。
それは今まではよくあることで、当たり前のことだったけれど。今となってはすごく特別で、幸せなことだったのに。
校門をすり抜けたとき、彼女の少し赤くなった鼻とこすり合わせる手が見えた。
きっと、随分待っていたんだと思う。
旭さんは、そんな彼女を見ていじらしいと、可愛いと思うんだろう。
苦しい、苦しい。
旭さんの幸せを願うことができない自分に心底嫌になる。
嫉妬が湧きあがって、苦しい。こんな泥ついた思いは、嫌なのに。
それでも、どうして隣を歩くのが、自分じゃないのかと。
どうすればいいのかと、悪あがきをしたくなるんだ。
どうすることもできないって、分かっているのに。
これは叶わぬ恋なんだと、痛いくらいに思い知らされた。


帰ってから、どうしたのかよく覚えていない。なんとか風呂に入って、シャワーの勢いを強めて、頭を真っ白にして。
無理やりに目をつぶって、眠った。さっき見た光景を思い出す暇もないように、眠った。

朝起きて、カーテンを開ける。まぶしい日差しを受けて、自分の中で決めたことがあった。


――昨日のことは、気付かなかったフリをする。


それが一晩寝て考えた結論だった。
俺が、旭さんに彼女がいることに動揺したりショックを受けていたら、いけないと思う。
旭さんの傍にいるためには、今の関係を崩さないためには、あくまでも俺の片想いは隠さなければいけない。
旭さんにだって周りの人にだって、勘づかれるわけにはいかないのだ。
今だって、昨日のことを思い出せば、胸が軋む。旭さんの顔を見るのも、つらいって思うかもしれない。
それでも、俺は旭さんの前で笑っていたい。いつも通りの、後輩の西谷夕でいたい。
本当は、昨日のことを「彼女さんがいましたね!」なんて笑って言えたら一番かもしれないが。

「それは、まだ、さすがにキツイ・・・」

だから、知らないフリを決め込む。自分の気持ちを保てる、ギリギリのラインだった。
坂道を走ってのぼれば、少し前に、旭さんの背中が見えた。


――いつも通りに。


そう言い聞かせて、俺はその背中を叩く。

「旭さん、おはよーございます!」



************************************
耐える西谷くん。叶わない恋は、苦しいのです。
とりあえず旭さん、校舎裏に来なさい。

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紅葉はるか
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自己紹介:
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あとジャンプは心のバイブルです。
絵描きで字書きです。絵は主にpixivで活動中。
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