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HQ!!を応援してるブログです。腐ってますので何でも大丈夫な方向け。 初めましての方はリンクの「初めに」をご一読ください。 since2011.03.10
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長編4話目です。季節感は無視してますが、そこは目を瞑っていただく方向で。
以下、読む前にご注意ください。

※旭さん二年、のやっさん一年の冬ごろです。
※旭さんに彼女がいます。
※幸せらぶらぶな二人はいません。切ない、すっぱい系です。

それでも大丈夫だよって方は、追記からどうぞ!


「よし、今日の練習はここまで!」

大地さんの号令で、全員の動きが止まった。ボールを置いて、コートの横で一列に並ぶ。

「ありがとうございました!」

それからは、みんなでネットやボールを倉庫にしまって、帰り支度をする。
その様子が、いつもより少し浮かれているように見えるのは、きっと気のせいじゃないだろう。

だって今日は、クリスマスイブだから。




暁の恋
act4




「西谷、買いだしってどこに行く予定?」

みんなが着替えていてざわつく部室で、そう尋ねてきたのは旭さんだった。
汗ばんだトレーナーを脱ぐと、隠れていた力強い二の腕が見えて、なんとなく目を逸らす。

「あっと、龍の家の近くのスーパーでいいかなって。運ぶ距離少ない方がいいですし。」
「田中の家って、電車で行く?」
「はい。そのまま行こうかなって思ってるんですけど、着替え持ってきてますか?」

うん、と頷く旭さんは、とても穏やかな顔をしていた。
今日がクリスマスイブなのにも関わらず、彼女と一緒にいられない人だとは思えないくらいだ。

「旭さんは――」
「ん?」
「・・・なんでもないです。」


――旭さんは、彼女と一緒じゃなくてもいいんですか?


思わず聞きたくなったが、やっぱり言えないなと話を濁した。
そんなことを聞いて、気まずくなるのも嫌だし。せっかく二人で買いだしに行くのに、余計なことはしたくない。

旭さんって、案外イベントとか無頓着な人なのだろうか。
町並みとか風景とか、一緒に歩いていると自分では気づかないものに美しさを見出す人だ。
そうやってきれいなものが割と好きだし、けっこうロマンチストなタイプだと思っていたから意外だけど。
でも、そうでなきゃ彼女がいる男が野郎ばっかりのクリスマスパーティに来るのを楽しみにしてることが腑に落ちなかった。
まあ、今回はそのおかげで、一緒にいられるのだけれど。無頓着でもなんでも、旭さんなら俺はなんでもいいし。

「じゃあ行きましょうか。」

お先に出ます、とみんなに言い残して、旭さんと二人連れだって部室を後にした。



学校からの坂を下り、商店の前も今日は通り過ぎて、今は電車の中で並んで立っている。
寒がりな旭さんは、厚手のピーコートに細身のパンツで、足元はいい具合に使いこんだブーツ。手袋も完備で、長いマフラーをぐるぐる巻きにして少し顔を埋めるクセがある。
旭さんは私服になると、さらに大人っぽくなる。とても高校生には見えないぐらいに落ちついていてかっこいいけど、丸まってちょっと猫背な背中は、なんだか可愛い。
俺は逆に暑がりだから、冬でもあんまり厚着をしない。一枚ダウンジャケットを羽織ってれば、中はシャツとかロンTで適当に合わせている。
足元はジーンズにハイカットのスニーカー。
ロックみたいな派手めな格好も好きだけど、今日はちょっと落ち着いた感じにした。
隣にいる旭さんを思うと、ちょっと合わせようかなとかガラにもないことを考えたからだ。

でも、冬の私服って初めて見たかも。

夏はよく一緒に出かけたので、そのときの服のイメージでなんとなく想像はついていたが、生で見るのはこれが初めてだ。
秋に旭さんに彼女が出来てから、二人で休みに遊びに行くことがなくなっていたのだ、と思い至る。
その理由は、遊びに誘うのは主に自分の方からで、彼女が出来てからは言いにくくて誘えなかったからだ。
自分から動かないと、よっぽどのことがない限り、旭さんと遊びには行けないのだ。そう思うと、少し寂しい気持ちになった。

あの彼女は、旭さんと休みに遊んだりしてたんだろうな。

色んなところに出かけて、手を繋いで歩いたりしたんだろうか。
そこまで考えて、ふるふると頭を振った。嫌な気持ちがまた、胸の中をざわつかせそうだった。
それは仕方ないことなんだから、と自分に言い聞かせる。

「?どうしたの、西谷。」
「なんでもないっす。あ、次の駅で降りるんで!」

電車を降りて、駅から町の方へと続く道を歩く。
旭さんのゆっくりな大きな一歩と、俺のせわしない小さな一歩は、少しのズレと絶妙なバランスでちょうど隣になるようになっている。
これはすっかり身体に馴染んだ二人の歩き方だった。
並木道の木々が柔らかい黄色や橙の電灯で飾られていて、俺はそれを眺める旭さんの横顔を見ていた。

「色んなところが、今日は違って見えるな。」

旭さんは、少し目を細めて笑った。ふわっと下がる眦が、優しい空気を作っている。
そうですね、と返してみれば、また笑う。

嬉しくて、嬉しくて。でも、言えない。
旭さんの隣で歩けるこの幸せは、誰とも共有できないものだ。
たくさんの嬉しいの中に、少しのさびしいが同居する。片想いなんだと、知っているから。

なんだかしんみりしてしまいそうだったので、なんとかいつもの明るい声を出して言った。

「早く買って、龍の家行きましょう。ケンタ予約してる時間も近いし!」

ね、と言って少し歩く速さを上げれば、隣の彼も頷いた。

「あ、こっちの公園を抜けたら近道なんですよ。ライトアップもしてるし、通ってみますか?」

そう言って、右手に見えた公園に入る。いくつか、光に包まれたオブジェやアーチが設置されていた。

「へえ、キレイだな・・・――」

言いかけた旭さんの言葉が、急に止まる。
どうしたのか、と振りかえれば、少し遠くを見て固まっていた。

何があるのかと、その目線の先に自分の視線を合わせる。
そこに、いたのは。

「・・・旭さんの、彼女?」

同じように、こちらを見て固まっている。
自分と同じくらいの背丈をした、甘いキャメルブラウンのコートの可愛らしい女の子。
でも、それだけじゃない。
その手には、少し大きな手が握られている。それが誰かは、知らない。
でも、その手がそこにあるべきものではないと、それだけは分かる。
だって、彼女は。

「・・・なんで、他の男といるんだよ。」

自分でも、驚くほど低い声だった。身体の血が、ざあっと下がっている感じがした。
人間、怒ると頭に血が上るというけれど、それ以上があるんだなと思った。
気がついたら、足が動いていた。旭さんの制止する声がするけど、止まれない。
ずかずかと彼女に近づくと、驚きと怯えで潤んだ瞳がこちらを捉える。

「あんた、何考えて――」
「西谷!」

彼女に向かって怒鳴り散らそうとした瞬間、後ろから口をふさがれた。
大きな手が、自分の唇に触れる。行き場のなくなった怒声は、燻ったまま音を成さなかった。

「西谷、大丈夫だから。ちょっと落ち着いて。」

そう言って、俺の呼吸が落ちつくのを待ってから、そっと手を外した。
こちらの肩をつかんで、覗きこむように見てくる瞳には、俺を気遣うような色がある。

「あ、東峰くん・・・」

彼女が旭さんの名前を呼ぶ。その名前を呼ぶことさえ腹立たしいけれど、旭さんは困ったように眉尻を下げて彼女に向き合った。

「東峰くん、私――」
「うん、少し、話する?大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫・・・」

どうしたらいいのか分からずに立ちすくんでいた知らない男を、旭さんはまた気遣わしげに見た。
目が合った男は、すごく気まずそうにしていた。彼女だって、どうしたらいいのかと顔面蒼白って感じだ。
でも旭さんだけは、こんな場面でも落ちついているように見えた。そして周りの様子ばかりに気を使っている。
自分が一番、つらい立場のはずなのに、人が良すぎるんじゃないのか。

「じゃあ、少し向こうに行こうか。」
「うん。」

彼女に促して、歩きだそうとする旭さんがくるりとこちらに向き直る。

「西谷、買いだし一緒に行けなくてごめん。待っててもらうのも悪いし、先に田中の家に行ってて。」
「・・・俺、待ってます。」

旭さんは、きっとそんなこと望んでいないって分かっているけど、譲りたくなかった。
このあと、二人がどうなるかなんて分からないけど、こんな状態の旭さんを放っていきたくない。

「・・・うん、ありがとう。でも、大丈夫だから。ごめんな。」

そう言って、頭を撫でられた。いつも嬉しいはずのその行為が、分かってくれと、強い拒絶を示していた。
そばにいるのに、近いはずの旭さんがすごく遠い。

「な?」
「・・・はい。すみません。」

そう答えるしかなかった。見上げた旭さんの顔が、本当に苦しそうで、困っている顔だったから。
そっと離れていく二人の後ろ姿を見送る。こんなことが、前にもあったなと思った。
校舎の裏で、こっそり覗いたあの場面。崩れ落ちるみたいに、動けなくなった。
今の二人は、手を繋いではいないけれど。あのときのような幸福感もないけれど。
それでも、やっぱり俺は、見てるだけしかできないのだ。

悔しい、悔しい。

やっぱり自分は、蚊帳の外だ。
込み上げてくるものがあったけど、意地でも涙は見せたくなくて、俺はその場から駆けだした。






「よお、遅くなったー。」
「のやっさん!待ってたぞ、ってあれ?旭さん一緒じゃなかったのか?」
「や、ちょっと用事できたって。遅れてくるって言ってたけど、もしかしたら来れなくなるかも。」

玄関まで出迎えてくれた龍に、飲み物を渡しながら旭さんのことを伝えた。
家の中は暖かくて、冷えていた指先にじんわりと熱が戻る。
居間に続くドアを開けると、もう旭さんと自分以外のメンバーは揃っていた。

「西谷、飲み物ありがとうな。」
「あれ、旭は?」

ソファーに並んで座っていた大地さんとスガさんにも、龍と同じような説明をした。

「そっか・・・じゃあ、買いだし一人で大変だったね。ありがとう。」
「全然っすよ、もともとは一人で行く予定でしたし。」

そうか、と言ってスガさんは頭を撫でてくれた。大地さんは、片づけは全部旭さんにさせようなんて言っていた。
俺は何より、二人が旭さんの用事の内容については追及しないことにほっとした。

そこに、料理を持った龍の母ちゃんがキッチンから姿を見せた。

「わ、それマジうまそうっすね!」
「他にも、田中のお母さんが作ってくれてるみたいなんだよ。みんなでお礼言わないとな。」
「まじっすか、龍の母ちゃんすっげー!」
「あんま褒めると調子乗るんで、いいですよそんなの。」
「ちょっと、聞こえてるよ龍!」

母親に耳を引っ張られる龍を見てみんなで笑って、それから揃ってお礼を言った。
あともう少し待ったら、最後の料理ができるらしいので、それをしばらく待つことにする。
テレビでは、クリスマス特番のバラエティをしていて、みんなでこのタレントはなんだかんだと話しながら見ていた。

「お待たせ、最後の料理が出来たよ。」

そう言って、龍の母ちゃんがキッチンから出てきたときだ。

――ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴った。瞬間、俺の心臓がどくりと跳ねる。身体は固まったみたいに動かなかった。
龍がばたばたと玄関に向かう。そして彼の名前を呼んだ。

「あ、旭さんいらっしゃいっす!」
「ごめんね田中、遅くなっちゃって。もう始まってる?」

そんな会話が聞こえてくる。足音が近づいてきて、それに合わせて鼓動は速くなっていく気がした。
これが嬉しさなのか、緊張なのか、それ以外なのか。今の自分には判断がつかない。

「・・・ごめん、遅くなった。」

ドアを開けて、そう言った旭さんの方を俺は向けなかった。別に俺一人に言ったわけではないので、他のメンバーが会話を続ける。

「いや、今からちょうど食べようとしてたところです。」
「旭、タイミングばっちりじゃん~。」
「お前、用意してないから片づけ全部しろよー。」

みんなは笑いながら、旭さんを出迎えた。コートを脱ぐ旭さんが、俺のすぐそばを通る。
こちらを向いているのが、分かる。ここで無視をするわけにもいかないので、俺はゆっくりと旭さんの方を向いた。

「・・・買いだし手伝えなくてごめんな、西谷。」
「全然、大丈夫でしたよ。」

そう答えたとき、俺は笑えていたんだろうか。旭さんは、やっぱり困ったような微笑みだったけれど。







「気をつけて帰ってくださいね。」
「おう、遅くまでありがとうな田中。」

あれから、みんなでケンタと龍の母ちゃんが作ってくれた料理を囲んで、最後にケーキを食べた。
ケーキの上のチョコをめぐってじゃんけんしたり、格闘ゲームで盛り上がったりして、あっという間に時間は過ぎた。

旭さんは、本当にいつも通りだった。

ケーキの上のチョコをめぐってじゃんけんする俺たちを、スガさんと一緒にコーヒー飲みながら見守る目も。
格闘ゲームでやたら大地さんに集中攻撃されて、控えめに抗議してみせるけど一蹴されちゃうのも。

いつもの、烏野バレー部の旭さんだった。ついさっき彼女の浮気現場を発見した男だとは、きっと誰も思えないだろう。
何度か目が合っても、旭さんはいつも通り、どうしたのっていう少し眉を下げた伺い顔をくれるだけだ。
あのことについて、聞いていいのか悪いのか。聞きたいけど、怖いとか。色々考えていたら、結局何も言えなかった。

「のやっさん、今度また遊びにこいよ。」
「おう、次は負けねーぞ龍!」

靴を履いて、龍に帰りの挨拶をして玄関を出た。俺が一番最後だったから、すでに門の外に四人が溜まって待っている。
俺が出てきたのを見て、よし行こうかと大地さんが駅の方に向かって動き出した。それに続くように、スガさんと力も歩きだす。
じゃあ俺も、と思って一歩踏み出したところで、腕が控えめに後ろに引かれた。

「あ、俺、西谷とちょっと寄るところがあるから・・・別に帰るな。」
「へ?」

そんな話は聞いていない。俺はだいぶ動揺して、え、え、と旭さんとみんなの方を交互に見た。
旭さんは、俺と目線を合わせずに大地さんとスガさんの方を見ている。

「・・・ふーん、分かった。じゃあ二人とも、また明日な。」
「おやすみ~。」

え、それだけ?
てっきり何でだとか追求されるかと思ったのに、大地さんとスガさんは何でもないようにまた歩きだしてしまった。
それに従うように、あまり状況をつかめていないような表情だった力も離れていく。俺の方にむかって、また明日って言って。

三人の背中がずいぶん小さくなってから、旭さんはやっと口を開いた。

「ごめん、急にこんなこと言って。」
「いえ・・・」
「西谷には、迷惑かけちゃったし、物言いたげな顔してたから。話しておいた方がいいかなって思ってさ。」

さっきのこと。

そう言われて、俺は後ろに立ったままの旭さんの方に振り向いた。そこには、やっぱり困ったような微笑みがある。
行こうか、という旭さんの言葉をきっかけに、俺たちはゆっくりと足を踏み出した。




「それでここに来るって・・・」
「いや、だって他にゆっくり話せそうなところないしさ。」

連れてこられたのは、まさにさっき、彼女と遭遇した公園だった。
よくもまあ、ここに来られるな。俺なら絶対いやだって思うけど。

「ま、座りなよ。」
「うっす。」

はい、と手渡されたのは、あったかいカフェオレだった。さっき、公園の入り口で旭さんが買ってくれたものだ。
手袋をしない俺の手には熱くって、ぽいぽいと両手のうちで転がす。もう少しぬるくなってからじゃないと飲めそうにない。
旭さんは、ブラックコーヒーのプルタブを引いていた。

「・・・。」
「・・・旭さん、話してくれないんすか?」
「あ、いや、うん。話そうとは思うんだけど、何から言えばいいかなって。」

うーとか、あーとか言いながら、旭さんは空いた左手で頭をかく。もどかしさを感じて、俺はつい自分から聞いてしまった。

「あの後、彼女さんとはどうなったんすか?」
「ああ、うん。・・・結論から言うとな。」
「はい。」

振られたんだ。

そう言って、旭さんはまた力なく笑った。仕方ないなっていう、諦めた笑顔だ。

「なんか、遠いって言われたんだ。付き合ってるのに、好きって思われてる気がしないって・・・自分を一番好きって言ってくれる人がいいんだって、泣きながら言ってた。」

旭さんは、こっちを向かない。俯き加減の横顔からは、あまり感情は読みとれないけれど、旭さんの声のトーンや仕草で、落ち込んでいるのは伝わってきた。
手元で遊ばせている半分くらいになった缶コーヒーを見ながら、ぽつりぽつりと言葉を零していく。

「俺が、悪かったのかなって。大事にしてあげられてなかったんだと思う。」

少し自嘲気味な声で、仕方ないよなともう一度言った。


――だから、あの子のこと、責めないでやってくれな。


その言葉を聞いて、ずっと渦巻いていたものが一気に膨れ上がっていく気がした。それはもう、目も当てられないようなドロドロの感情。
こんなにも、誰かに対して負の感情を向けることなんてなかっただろうと思うほどに。
ガタンと立ちあがって、次の瞬間には旭さんの方をしっかりと向いて叫んでいた。

「なんで、旭さんが庇ったりするようなこと言うんすか!」
「に、西谷・・・」
「勝手に他の男と遊んで、別れる理由は旭さんが悪いからって!?なんだよそれ、そんなのおかしいだろ!」

西谷、ともう一度呼ばれる。俺は息を荒くしながら、旭さんを睨みつけた。
いさめるような、諭すような旭さんの表情に、俺は収まらない怒りと悔しさをさらに重ねる。

「旭さんだって・・・!なんでそんな、ひどいことされてるのに、簡単に仕方ないなんて言うんですか!腹立たねーのかよ!?」
「それは・・・」

西谷、とまた名前を呼ばれる。キレている俺をなだめようと、旭さんが手をのばしたけれど、俺はそれを振り払って俯いた。
旭さんが見つめているけれど、俺はとても顔を上げられなかった。俯いたまま、二人のつま先を視界に捉える。
旭さんを困らせたいんじゃないし、庇うのは旭さんが優しい人だからだって知ってる。でも、怒りは収まらない。

「責めるななんて、無理っす・・・」

声が震える。感情がメーターを振り切って、もう抑えが効かない。

「そんな簡単に、要らないっていうなら、最初から好きなんて言わなければよかったんだ。」

だって、そうだろう。俺が一番ほしかった場所を。

「本当は、俺が・・・っ。俺の方が、欲しかったのに!」

それを彼女は、手に入れていたのに。

「俺の方が、ずっと、旭さんのこと欲しかったのに!」

気付いたときには、もう遅かった。こぼれおちたものは、二度と元には戻らない。
今、頬を伝う涙も。絶対に言ってはいけなかった言葉たちも。

「・・・。」

旭さんは固まっていた。俺が何を言っているのか、理解できないんだろう。
そりゃそうだ、まさか男の後輩から告白されるなんて思うわけがない。

でも、言ってしまったのだ。もう後戻りなんかできない。
決壊したみたいに、ぼろぼろと零れる涙をぬぐうこともせずに、顔を上げた。目の前の旭さんを見つめる。

「旭さんが、好きです。言わないって決めてたけど、諦めようとも、思ったけど。やっぱり俺には、無理です。」

旭さんが好きです。

一度溢れだした気持ちを、確かめるみたいに何度もつぶやいた。
三度めの、好きですって言葉がこぼれた時。ぐいっと、大きく手を引かれた。
瞬間、身体が衝撃を受ける。背中までぐるりと、大きな熱が自分を包み込んだ。
頬に当たるのは、紺色の肌触りのよいコートの生地。うっすら香る、よく知っている男ものの香水の匂い。


――旭さんに、抱きしめられている。


その事実に、嬉しさよりも驚きでいっぱいで、動揺のあまり何も言えなかった。
ぎゅう、と力がこもって、息が苦しくなる。酸欠になりそうな、くらくらする感覚。
だんだんと身体に回っていく、甘い甘いその感覚に酔いしれたまま、自分を抱きしめる人の名を呼んだ。

「あさひ、さん。」

その瞬間、はっと我に返ったみたいに、旭さんは俺の身体を自分からばりっとはがした。
距離ができて、一気に熱が奪われていく。旭さんの手の長さだけ、二人の間に距離ができる。
見上げた旭さんは、信じられないって顔をしていた。そのあと、じわじわと、頬が赤くなって、耳も熱を持つ。
つられるように、俺の鼓動も早くなって、かっかと顔が熱くなる。
お互いに真っ赤になりながら、俺は旭さんを見つめた。でも、旭さんはこっちを見ない。顔を片手で隠すみたいにして、見てくれるなと言わんばかりだ。

「あの、その・・・」
「旭さん。」
「っごめん、西谷!」

そう言って、旭さんは身を翻した。ばっと走りだしたのを、慌てて追いかけようとする。
でも、俺の脚は思うように動かなかった。

「ちょ、旭さん!」

叫んだものの、彼が戻ってきてくれるわけでなく。
ぽつんとそこに残される。気がつけば、はらはらと粉雪が舞いだしていた。

「ど、どうしろってんだよ・・・!」

この場面で逃げ出すとか、ありか。俺は告白して、抱きしめといて、何も言わずに逃げ出すとか!

ふう、と息を吐く。白くなった息が、上へと昇っていく。
俺はさっきまで二人で腰かけてたベンチにどっかと座り込んだ。

「旭さんの、へなちょこ。」

悪態をついてみたが、俺の頬は緩んでいた。さっきの感覚を思い出す。旭さんの熱、大きさ、匂い。

コートの上だけでいいと思っていた。
旭さんが俺を大事に思ってくれるなら、それだけで。本当の一番は、別の誰かでもいいって思ってた。

思いこもうと、してた。

でも本当は、それだけじゃ足りなくなっていた。
気持ちが募るほど、欲しがりになった。もっともっと、旭さんの心が欲しい。
だから、それを手にしていたくせに放棄した彼女が許せなかった。
傷ついた旭さんを見て、蓋をしてた好きって気持ちがあふれてしまった。
俺なら、絶対旭さんにあんな顔はさせないのに、と。

明日会うのは、本当は少し怖い。彼女と別れたからって、抱きしめられたからって、俺を好きになってくれるわけじゃない。
今までの関係を崩してしまったのだ。もしかしたら、今までみたい笑い合うことも、目を合わせてもらうことさえも、出来なくなるかもしれない。
けれどもう、あんな風に後ろ姿を見送るのは嫌なんだ。
欲しいから、手を伸ばす。いつだって、その瞳に、俺の姿を映してほしい。
俺は、旭さんの、特別になりたい。

この先のことなんて、何も分からないけれど。
星のない曇天の空模様とは裏腹に、俺の胸の中は、どこかすっきりとしていた。


*********************************************
告白はゴールじゃなく、スタートだった。

西谷君の片想いに大きな一区切りです。
そして旭さんの恋事情にも大きな変化。ここから西谷君の猛攻がはじまる・・・かもしれない。

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紅葉はるか
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