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なんとか完結です。最後ちょっと文章長めですが、お付き合い頂ければ嬉しいです。
また、完結にあたって、カテゴリー分けを少し変えております。
以下、読む前にご注意ください。

※旭さん二年、のやっさん一年の冬です。

それでも大丈夫だよ!って方は、追記からどうぞ。



*********************************


どうしても、掴みたいものがあった。

求めていた、憧れていた場所があった。

それは今、確かにここにある。






暁の恋
act.6





――明後日の、午前0時。学校近くの駅で、待ってます。

一昨日、西谷はそう言った。背中がいつも以上に小さく見えて、いつもの彼からは想像つかないくらいに、儚く見えた。
西谷への告白への返事は、彼を傷つけたはずだ。彼が自分に向けてくれた愛情に、俺は背中を向けた。特別な関係を欲しがった彼を拒絶した。

でも西谷は、それでも好きだと言ってくれた。諦めが悪いんだと。

どうして、あんなに強いんだろう。自分だったら、きっと諦めてしまう。もう顔を合わせるのも嫌だと思うかもしれないのに。
この烏野でバレーをする中で、彼がいないことは考えられないし、そんなことはあり得ない。
ならば、出来ることなら、今まで通りに――仲の良い先輩と後輩、信頼しあったチームメイト、そんな関係でいたかった。しかし西谷はそれを受け入れてはくれなかった。
もし今夜、会いに行くというなら、それ相応の覚悟が必要だろう。
もう一度突っぱねるにしろ、受け入れるにしろ、お互いへの気持ちはもう大きく動き出してしまっている。

本日何度目か分からない思考の深みに落ちていると、外から遠くに響く鐘の音がする。
時計を見れば、午後五時。あと半日もしないうちに、今年は終了する。
音に呼び寄せられるように、窓の外に目をやれば真っ赤に染まった空があった。
自分のいる部屋も、視界も、世界全部を橙色に染める夕焼け。

「おんなじ、だなあ。」

西谷はこの夕焼けみたいに、全てを包むように、全てを飲み込むように。圧倒的な存在感で、周りを変えていく。
仲良くなったのだって、たくさん話したのだって、一緒に笑い合えたのだって。
全部ぜんぶ、元々は西谷がくれたものだ。いつだって、俺は受け身で、彼の好意と積極さに甘えていた。
そうやって関係をくれた西谷が、今度はそれを変えようとしている。

バレーをする彼の姿を思い浮かべれば、後ろにいる真剣な眼差しがこちらを向いた。
静かに、けれど闘志を燃やして立つ姿は、どんなに心強いことか。
誰よりも元気で、頑張り屋で熱血でまっすぐで。俺の名前を呼ぶその声に、叱られながらも、何度励まされただろう。
一緒にいるときに見せる彼の表情が、次から次へと浮かんでは俺の頭の中を占めていく。最後に浮かんだのは、屈託のないあの笑顔だ。
あの笑顔があるから、俺はスパイクが打てるしエースでいられるんじゃないかと。そう思うくらいに、大事なもので。

「俺は、――。」

そこから先は、言葉にできなかった。してしまえば、自分の中で、何かが大きく変わりそうで。それがただ、怖い。
チームメイトとそれ以上の境界線を前に、踏み越える足はどうしても竦む。あと一歩が、踏み出せない。
そのまま、部屋が暗くなるまで外を眺めていた。東の空に、傾いた月が昇り始めていた。





無機質な電子音が部屋の隅で鳴る。携帯を見れば、一件のメール着信。
一瞬、小さな彼の顔が浮かんだけれど、そんなわけあるはずないだろうとすぐに頭を振った。
そこには、よく知りすぎているチームメイトの名前があった。

「旭、ちーっす!」

返信してから数十分後、ノックもなしにバタンとドアが開く。そこには茶色のダッフルコートのスガと、黒のモッズコートを着た大地が立っていた。
外を歩いてきたのだろう、二人の鼻の頭は少し赤くなっている。

「どうしたの二人とも、急に家に来るって・・・今日は会わないって言ってたじゃない。」

先日、確かにスガから大晦日に会う約束をキャンセルするメールがきていたはずだ。
しかし、おじゃましますと部屋に足を踏み入れながら、スガは悪びれもなくこちらの疑問に答える。

「ああ、だってそう言っておかないと、西谷が誘ってきた時に旭断っちゃうかと思って。でも、昼にメールしたら、会うの夜中だって言ってたからさ。」
「スガがどうしても旭のとこ行くって聞かなかったんだよ。」
「あ、なになに、俺のせいにして。大地だって旭の体調とか気にしてたでしょ。」
「してない、全然してない。」

部屋に入ってくるなり、コートを脱いでヒーターの前に座ってくつろぐ二人。
相変わらずの遠慮のなさとか、でもそんなことも気にする余裕がないくらい、さっきのスガの発言に驚いていた。

「に、西谷に、メールしたの?」
「え、うん。旭と初詣に行くの?って。」
「そ、それで?」
「12時に旭さん待ちますって。待ち合わせ、12時なんでしょ?」

スガの言葉に、昨日の西谷の姿が頭をよぎる。震えた肩と声、最後の、消えていく後ろ姿。
待っています、か。会いますじゃなくて、待っていますという言葉に、西谷の覚悟が見える気がした。
俺が行っても行かなくても、西谷はあそこにいるんだろう。締め付けられるみたいに、胸が痛い。

「で、旭はついに西谷と付き合うことになったの?」
「は!?え、なんで・・・」
「いや、もう今更でしょ。西谷だって、俺たちにばれてるの分かってるよ。」
「・・・その、告白は、された。でも――」

昨日断ったんだ、と言えば、スガは目をぱちぱちと瞬かせた。信じられない、何言ってんの、という心の声が聞こえてきそうだ。
澤村の方をちらりと見れば、俺に対してはいつもの、というべきむすっとした表情で何を考えてるのかは分からなかった。

「え、だってメール・・・初詣、一緒に行くんでしょ?」
「・・・昨日、断ったけど、待ってるって言われたんだ。だから・・・どうしようって、思ってて。」
「行くか行かないか、迷ってるってこと?」

こくりと頷けば、スガはぎゅうっと唇を噛みしめて、少し遠慮がちにスガのは質問を続ける。責めるような視線を感じた。

「なんで、断ったの?」
「俺はまた、流されて付き合って、傷つけたりしたくないんだ。」

スガは、はっとしたようにまた口をつぐんだ。向けられた眼差しも、すっと床に落とされる。
彼女と付き合っていたときに、本当に好きなのかと俺に問うたのはスガだった。それに俺は、答えられなかった。
そして実際に別れるときに、好きじゃないのに付き合っていたことがあの子を傷つけていたんだって分かった。
あのとき、振られたのは俺だったけど、あの子の方が俺よりずっと傷ついてたんだと思うと胸が苦しくなった。

「彼女と別れるときに、言われたんだ。付き合ってるのに、好きって思われてない気がしたって、自分が一番じゃないのが辛かったって・・・」
「・・・。」
「西谷と一緒にいるのは楽しいし、本当にいい奴だって思う。けど、それが西谷のことを、そういう意味で好きなのかは分からない。」

だから、ダメだ。そう言う俺の方を、スガはもう一度じっと見つめる。その視線があまりにまっすぐで、俺は思わず逸らした。
ねえ旭、とスガの声は優しく降ってくる。

「俺、旭が彼女と別れたのは、西谷のこと好きだって気付いたからだと思ってたよ。」
「え?」
「彼女の言った一番じゃなくてっていうの、他にもっと大切な人が旭の中にいるって、気付いたからじゃないの?」
「・・・。」
「それが、誰かっていうの、旭には分からない?」

見つめるスガの目に、俺の情けない顔が映る。大切な、人。俺にとって、一番大切な――

――旭さん!

浮かんだのは、西谷の笑顔だった。
一番傍で見てきた、一番彼を眩しく見せる表情。俺の、一番好きな、表情。
どうしてだ、どうして西谷の顔が浮かぶんだろう。どうして俺は、こんなに胸が痛いんだろう。

――東峰くんね、時々、すごく優しい顔をするの。でもそれは、私じゃなくて、別の誰かを見てるんだって思った。

あのクリスマスイブの日。泣いている彼女を目の前に、ただじっと立ちすくむしか出来ない俺に投げかけられた台詞。
あのとき、俺はその誰かが分からなくて――でも、それは、もしかしたら、もしかしたら。

「・・・っ!」

そこまで考えて、俺は額に手を当てる。これ以上、考えたくないと、脳内に警告音が響く。それ以上、考えたくない。
でも、もうごまかせない。俺の中にいる、大きな存在。その笑顔が、どんなに心を動かすかを俺は知っている。
夕方の言葉の続きが、頭をよぎる。さっき、どうしても口にできなかった言葉。

俺は、西谷が、好きなのか。でも、やっぱり。

「俺が、西谷のこと、好きかもしれなくても、それは、今まで西谷がたくさんの気持ちをくれたからじゃないのかな。」

俺は、西谷が本当に好きなのか、俺のことを好きでいてくれるからそう思うのか、分からないよ。

拭いきれない不安があって、自分の気持ちの出口が見えなくなる。逃げてるんじゃないかって思うけど、臆病な自分が顔を出す。
好きかもしれない、いや本当に好きなのか、本当に付き合って大丈夫かと責めるんだ。
俯いて、ぐっと黙ってしまった俺の前で、スガも何も言わない。少しの重い沈黙が、部屋に流れた。
しかし、次の瞬間、俯いた俺の頭に衝撃が走る。

スパーン!

立ち上がった澤村の平手が飛んだからだ。俺は訳が分からずに、とりあえず叩かれた頭に手を当てて、ぶっ叩いた張本人を遠慮がちに睨んだ。

「な、なにするんだよ澤村!」
「お前がいつまでたっても、うじうじうじうじ言ってるからだろへなちょこ。」
「ちょ、大地・・・」

さすがにスガも止めようとしたが、澤村は手を伸ばしてそれを阻んだ。

「おい、へなちょこ。お前が自分でも気づいてないみたいだから、教えてやる。」
「な、何を・・・」
「お前が怖いのは、お前が西谷を好きか分からずに傷つけるかもしれないことじゃない。お前が西谷を好きになっても、いつか西谷が離れていくんじゃないかってことだろう。」

座り込んだ俺を、見下ろすみたいに澤村が立っている。どうだ、違うかと言われているみたいだ。
さっき頭を叩かれたときより、もっと大きな衝撃に襲われた。澤村の言葉に、何も返せない。

その通りかもしれないと思った。

心のどこかで、ずっと引っかかっていた。西谷を好きだと認めるのを、拒んでいる自分がいた。それは、西谷をちゃんと好きになれてないんだって思っていた。
でも、違っていたのだ。西谷を好きなことに自信を持てなかったんじゃない。西谷を好きなことを、認めるのが怖かったんだ。

だって、西谷は身体は小さくとも、バレーは上手いし、まっすぐ自分を持っていて、いつだって前向きでかっこよくて。
俺は、身体の大きさとパワーはあっても、いつも逃げ腰で、自分に自信が持てなくて。そんな自分が嫌になることも多い。
あまりにも、正反対だから。その度に、西谷のことをすごいなって、眩しいなって思っていた。
だから、そんな俺を西谷がなんで好きになるのか、分からなかった。唯一、自分の中で納得できる理由は、俺がエースだから、だ。
春に出会ってから西谷に何度ももらった言葉。かっこいいとか、好きだとか、きらきらしたくすぐったい気持ち。
でもそれは、全部エースとしての自分に注がれたものだと思っていた。じゃあ、チームメイトとしてじゃなく、一人の男として、恋人として、向かい合ったら?
俺は、どんなに情けなく映るんだろう。西谷は、それに幻滅してしまうんじゃないか。

きっと、こんな俺を知れば、西谷は離れていってしまうんじゃないか――

それが、怖いんだ。好きになればなるほど、いつか来る別れが怖くなる。
好きだから、踏み込めない。好きだから、このままでいたいって、思うんだ。
いつか離れていってしまうなら、最初から手を伸ばさなければ、傷つかずにすむんだから。

「・・・仕方ない、だろ。」

無言で睨みつけてくる澤村の方は見れない。俯いたまま、吐き出した気持ちは床にばらばらと落ちていく。

「だって、そうだろう?俺は、こんな自分が、西谷に釣り合うなんて、どうしても思えない。西谷が好きなのは、エースとしての俺で・・・本当の俺を知ったら、きっといつか西谷の方から、離れていくんじゃって・・・」
「お前、本気で言ってんのか。」

澤村がしゃがんで、目線が同じ高さになる。厳しい視線はそのままだったけど、今度は諭すような響きを含む声だった。

「西谷の気持ちは、そんな簡単なもんか?情けないお前を見て、逃げ出すような奴なのか?」

一番一緒にいたのは、それを一番分かってるのは、お前じゃないのか。
澤村の言葉が、胸に痛い。分かってる、分かってるよ。西谷が、そんな奴じゃないってことぐらい。
弱い俺を叱り飛ばすけれど、それは背中を押してくれてるからだってこと、最後にはちゃんと受け入れてくれるってこと、分かってるよ。

「好きだから、怖いのは分かる。でも、臆病風に吹かれて逃げてばっかりじゃだめだろ。」

大事なもん、取りこぼしてんじゃねーぞ!

そう言って、今度は肩を叩かれた。鈍い音がして、結構痛い。
でも、俺は笑ってしまっていた。強引な、ひどい言い方だけど、背中を押されているのが分かったから。
スガの方を見れば、あっけにとられたような顔をしてたけど、視線が合えばへにゃっと柔らかい笑みを浮かべた。

「もう、結局大地に全部いいとこ持ってかれたー。」

大地ってば、やっぱり旭のこと心配だったんじゃないの。
俺と澤村の間に入って、俺らの肩を組むスガ。うりうり、と澤村を小突けば、澤村はぶすっとしてそっぽを向いた。

「俺は、あんまりにこいつがへなちょこすぎるから、腹が立っただけだよ。」
「もう、素直じゃないな。」
「ははは、二人とも、ごめんな。」

それから、三人で顔を見合わせる。スガがふふっと笑って、それにつられて俺と澤村も笑った。

「よーし、ラーメン食べに行こ!二人とも誕生日だし、今日は俺の奢り!」
「お、スガ気前いいなー。」
「餃子付けてもいい?」
「頼むから辛いの入れるなよ。」
「大丈夫、大丈夫。」

自分の中で、ずっと燻ってたものが一気に湧きあがるみたいだった。
背中を押されて、気付いたものがある。先のことを考えれば、まだ足は竦むけれど。
それでも、もう逃げたくないと思うものがある。向き合って、掴みにいきたい大事なものがある。
ぎゅっと、胸のあたりに手を当てる。なんだかいつもより、熱い気がした。




「じゃあ、また部活でな。」
「がんばれよ、旭!」

澤村とスガに手を振って、一人で電車に乗り込んだ。夜中だけど、今日ばっかりは人も多くて、それなりに混雑していた。
向かうのは、いつも使う学校に最寄りの駅。時刻は11時半を回っている。駅に着くのは、待ち合わせのギリギリになりそうだ。

本当に、西谷はいるんだろうか。

スガにも、待っていると言っていたくらいだ。それに、一度言ったことをそう簡単に曲げるような奴でもない。
きっといる、と自分を奮い立たせるように言い聞かせる。目の前を流れていく景色は、どんどんと約束の場所に近づいていた。

駅に降り立って、改札を通る。駅の入り口の向こうに、見覚えのある髪型とダウンジャケットがあった。
視界にそれが入った途端、一気に鼓動は早くなる。すっかり見慣れているその人なのに、おかしいだろって思うけれど落ちつかない。

「・・・西谷、お待たせ。」

どきどきしながら、入り口に背を向けていた彼の名前を呼べば、ばっと振り返る大きな目。
びっくりしたような目で、本当に俺かと確認するみたいに不躾な視線が注がれる。

「旭さん、来てくれたんすね。」

うん、と頷けば西谷の顔が柔らかくなる。ほっとするように微笑んだのを見ただけで、なんだか身体が熱い。
自分の気持ちを自覚すると、こんなに何もかもが違って見えるんだなんてことに、初めて気がついた。
あ、と呟いたかと思えば、西谷は時計に目をやった。つられて見れば、まさに長い針と短い針が重なった瞬間だった。

「旭さん、誕生日、おめでとうございます。」
「うん、ありがとう。」
「それから、あけましておめでとうございます。」
「あけまして、おめでとう。」

こちらに向き直って、今年もよろしくお願いします!と大きな声で頭を下げる西谷。
体育館でするような挨拶は、声が大きくて駅の構内から視線が集まる。俺が焦って、顔上げていいから!って言うと、へへっとまた西谷は笑う。

「じゃあ旭さん、初詣に行きましょう!」
「え、どこの?」
「俺、いいとこ知ってるんで!」
「うん、じゃあ任せる。」

西谷の後ろをついて、電車の切符を買った。ここから三十分ほどの、海の近くにある駅だ。
そういえば、あの駅の近くには、大きめの神社があったなと思い至った。
電車に乗り込めば、さっきよりも少し空席が目立つ。西谷と長椅子に並んで座れば、向かいの窓に二人の姿が映っていた。
クリスマスイブに、二人で電車に乗ったときも、同じように並んでいたのを思い出す。
あのときの、西谷の楽しそうなはにかんだ横顔を思い浮かべれば、自然と頬が緩む。
ぱっとこっちを向いた西谷が、不思議そうな顔をするので、なんでもないよと曖昧な笑みでごまかす。
すぐにまた正面に向き直った西谷は、特に何か会話をするわけでもない。こっそり覗き見た西谷の横顔にも、別段変わった様子は見られなかった。
自分がしゃべれないのは意識してるからだと思うけど、会ってからずっと、西谷はすごく「普通」だ。

――今、こうして一緒にいること、西谷はどう思ってるんだろう。

気になったけれど、それを聞くということは、こちらの気持ちを伝えることになる気がする。
こんな電車の中でそんな話も出来るわけがなく、ただ静かな窓の外を見つめながら、規則的な揺れに身を任せた。



駅に降り立ったら、海に近いせいか、さっきよりも寒さが増している気がした。
早く行きましょう、と急かす彼に合わせて道を歩く。進むほどに周りに人が増えて、神社に着くころには夜中だというのに人でごった返していた。

「うわ、人が多い。」
「けっこう、有名なトコっすからね!お参りしたら、甘酒もらって、それから屋台でなんか食べましょう!」

じゃあまずはお参りに、と人ごみの中に入っていく。
鐘の前にきて、ガラガラと鳴らして手を合わせる。何を願おうと考えるけれど、パッと出てこない。
バレーのこと、来年三年になるし進路のこと、悩みグセのある自分には思うところはたくさんあったけれど。
横で目を瞑って手を合わせる西谷の横顔が、すごく真剣で静かで、ああずっと一緒にいれたらいいなと思った。
こんな願いで神様は呆れるかもしれないけど、一番心の内側から、自然に出た願いだった。

そのあとは、無料で配ってる甘酒をもらって、屋台に向かう。
少し目を輝かせて、わーっと今にもお店に走りだしそうな西谷が、振りかえって早く早くと全身で訴えかけている。

「お腹すいてるの?」
「んー、そこまでじゃないっすけど、こういうの見ると食べたくなります!」

屋台のたこ焼き屋を指差している西谷に、そうだねと笑って返した。
なんだか、夏祭りに一緒に行ったときみたいだ。田中と二人で走る西谷と、後ろを歩く俺たち二年の三人が頭に浮かんだ。
二人で屋台で買った戦利品を片手に、少し人ごみから外れたところでしゃがみこむ。西谷は、アツアツのたこ焼きを口に含んで幸せそうだ。

――本当に、普通だな。今までと、何も変わらないみたい。

みんなで遊ぶときでも、二人で遊ぶときでも。西谷がこうやってリードして、俺はそれについていって。
楽しそうな西谷を見て、俺も楽しいって思う。笑ったり、騒いだり、元気な彼を見てるといつも心があったかくなる。

でも、今は二人の間に、告白して振ってしまったという事実は確かにあるのに。

西谷は、すっかり元通りという感じだ。振ったあとも、好きだって言ってたけど、それはどうなったんだろう。
西谷は男らしくて、こうと決めたら決断が早い。もしかしたら、いつまでたっても思いきれなかった俺のことなんか、好きじゃなくなったのかもしれない。
そもそも、こうして元通りになることを望んだのは自分なのだから、やっぱり好きでいてほしいなんて、そんな虫のいい話ができるわけない。

「旭さん、どうしたんすか?眠くなりましたか?」
「や、大丈夫。夜中なのに人あんまり減らないなと思って。」
「ここら辺は東側の海だから、日の出がよく見えるんです。だからみんな、初日の出見てから帰るんですよ。」

だから後で、海の方に行きましょう、と。
西谷がこうやって笑いかけてくれるのが、嬉しい。その笑顔があれば、それだけでとても満たされる。
でも、どうしてだろう。それじゃだめだって、思う気持ちがある。
自分の気持ちに気付いてしまったからだろうか。今まで通り、じゃ足りないんだ。

「そろそろ行きましょうか。」
「あ、ゴミ捨ててくるよ。」
「俺も行きます!」

西谷が立ち上がり、俺もそれに倣う。二人で人ごみの中に戻ろうとしたとき、大学生くらいの集団がわっと前を通った。
小さな西谷は、その人の波にのまれそうになった。はぐれてしまう、と本能的に察する。

「西谷!」

強く西谷の肩を掴んで引きよせた。抱きよせたみたいになって、はっと気付いて手を離した。

「あ、ご、ごめん・・・!」
「いえ、別に。すみません、ありがとうございます。」

自分の手より一回り小さいその肩は、分かっていたけれどとても華奢だ。
それに焦ってしまった俺に反して、西谷はすごく冷静だった。その冷静さに、俺の不安はさらに煽られる。
昨日は、ただ指先が頬に触れただけで、泣きそうになってたのに。

なあ西谷、もう俺のことなんか、ただの先輩だって思ってる?

やっぱり聞けなくて、どういたしまして、と一つ返事をすることしかできなかった。




海に出れば、いっそう風が強くなった。その風は、湿気と潮の匂いがする。
ぐるぐるに巻いたマフラーに顔を埋めながら辺りを見れば、人影が点々と海沿いに見えた。

「けっこう、人がいるね。」
「そっすね、でも俺、いい場所知ってるんですよ!穴場なんで、人少ないと思います!」

得意げに前を歩く背中を見ると、風に立てた髪が揺れている。身体の横で揺れる手は、かじかんでいるのか指先が真っ赤だ。
横に立って、その手を取りたいと思った。握りしめて、温度を分け与えたいと。
でも、出しかけた手を引っ込めて、また拳を握り直す。
西谷はもう、俺が触れることなんか望んでいないのかもしれないのだ。
散々傷つけた彼に、これ以上望まないことをするのかと考えたら、とても手を伸ばすことなんて出来なかった。

ここです、と案内されたのは灯台の近く。道に面した場所からはだいぶ歩いたので、そりゃ人も少なくなるだろう。
実際に、自分たち以外には誰もいなかった。
ここにきて、やっと本当に二人っきりだ。視界の中にあるのは西谷の後ろ姿だけ。
そんな事実に少し緊張した。でもやっぱり西谷は、ぽっかり現れた黒い海を見て、まだ真っ暗だなんだとはしゃいでいる。

もう、西谷は俺のこと、好きじゃないかもしれない。それならば、わざわざ傷つくことなんてないんじゃないか?

このまま、何もなかったように、一緒にいれば。そうすれば、きっと年明けからの部活は、今まで通りなんだろう。
それだって、十分に幸せかもしれない。でも、俺は、それじゃ嫌なんだ。
やっと気付いた本当の気持ちを、俺だって伝えなければ。たとえ、もう西谷に気持ちが残ってなくても、逃げるばっかじゃ、だめなんだ。

「西谷は、さ。」
「はい?」
「やっぱり、強いね。俺、この前、ひどいこと言ったのに。そんな、普通にできるなんて・・・」

俺のこと、もう、好きじゃなくなったから?
その部分はやっぱり怖くて、喉の奥に引っかかった。なんとか音にしようとすれば、先に西谷が口を開いた。

「・・・んたが、言ったんじゃないか。」
「え?」
「あんたが、今までどおりでいたいって、言ったから!だから・・・!」

西谷は、怒りを湛えた眼でこちらを睨みつけている。その鋭さに、身を引きそうになる。
でもその勢いもすぐにしぼんで、小さな西谷の頭が俯いていった。

「・・・あれから、俺だって色々考えました。旭さんの言葉の意味とか、気持ちとか。」

西谷の言葉は、どんどん小さくなって、俯いて、まるで目の前にいるのは別人かと思うくらいだ。

「俺は、旭さんのこと好きだから、本当は特別な関係になりたかった。旭さんの中で、本当の一番になりたくて・・・でも、それが無理なら、俺に残ってるのは、やっぱり、旭さんと一緒に、バレーをすることだから。」

それ以外、旭さんの傍にいる方法がないなら、仕方ないです。
そこまで言って、西谷は俯いた顔を上げた。迷いはないというみたいにまっすぐ突き刺さる視線から、目が逸らせない。

「まだ、苦しい部分はあるけど・・・俺、ちゃんと、旭さんのこと好きなのやめます。先輩後輩で、チームメイトで――バレーで繋がっていられたら、それでいいです。」

西谷は、自分の想いに決着をつけようとしている。全部、胸の奥に押しこめて蓋をして、失くしてしまおうとしているんだ。
俺と一緒に、バレーをするために。俺がそう、望んだから。
でもそれじゃ、だめなんだ。彼を散々傷つけておいて、何を今さらって思われるかもしれないけれど。
だって、もう気付いてしまった、自分が本当に望むものを。
一番大事なものは、何かを。それは今を逃せば、もう永遠に手に入らない気がした。

――大事なもん、取りこぼしてんじゃねーぞ!

澤村の言葉が頭をよぎる。
本当だな、逃げてばっかりじゃ、何も手に入らないんだ。
身体は自然に動いていた。ただただ、この手をすり抜ける前に掴まなければと思った。

「・・・っ!な、んで、そういうこと、するんだよ・・・!」

両腕の中に、その小さな身体を閉じ込めた。鼻先を掠める匂いが、あの雪の日を思い出させる。
泣いてる彼を抱きしめた、あのクリスマスイブの夜を。

「は、なせ、離せよ!」

抱きしめた西谷は、逃れようと手足をばたつかせる。力では敵わないと分かっているだろうけれど、固く握った拳が、背中を何度も叩いた。
自分の心臓より少し下の辺りに、どくどくと西谷の心臓の音が伝わってくる。その鼓動が早いのは、きっと怒りからなんだろう。

もう、諦めるって言ってるのに。やっと自分の中で、整理つけようって決めたのに。あんたの望むようにしたいって、思ってるのに。

涙交じりの声が、腕の中でくぐもって聞こえる。苦しい、苦しいと訴えるような声。

「俺は、好きなのやめるって、言ってるじゃないですか!」
「うん。」
「先輩後輩で、チームメイトで、それに戻ろうってしてるのに!」
「うん。でも、それじゃ俺が困るんだ。」

ばたついて逃れようとしていた西谷の動きが止まる。
涙をいっぱいためて真っ赤になった目元を親指で拭えば、ぬるい水滴がこぼれた。
俺は、安心させたくて、できるだけ優しくしたいと思いながら西谷の髪を撫でた。

「本当は、何度も何度も、思ってたよ。」

――俺のこと今まで、ちょっとでも、好きだって思ってくれましたか?

「あの時、言葉にできなかったけど。本当は、西谷のこと、何度も何度も、好きだって思った。」
「・・・う、そだ。」
「本当だよ。ただ、俺はずっと、気付かないフリをしてたんだ。気付かないままでいたくて・・・西谷のこと、好きだって認めるのが、怖かったんだ。」

どうして、と納得のいかない瞳が聞いている。俺は、情けない気持ちを吐露する覚悟を決めて、ひゅうっと息を吸った。

俺は、西谷と一緒にいたら、きっとどんどん好きになって、西谷が俺のこと想ってくれている以上に、お前のことを好きになる。
でも、俺の方が西谷を好きになってしまったら――そうしたら、いつか西谷が俺から離れていくとき、どうなるんだろうって思うと怖くなった。
俺、西谷が俺のこと好きだって言ってくれても、全然自信が持てなかった。西谷が好きなのは、エースの俺なんだろうって思ってた。
本当の俺自身は、すごく弱くて情けないから。だから、こんな俺じゃ、いつか西谷は離れていっちゃうだろうなって、思ってた。
そう思ったら、今までのままでいる方が、傷つかずにすむって、思ってたんだ。

俺が零していく情けなくて不格好な言葉たちを、西谷は黙って受け止めていた。
そして、俺の頬にゆっくりと触れた。押し当てられた手のひらがすごく冷たかったけれど、それも互いの温度を分け与えると、心地よい温度になった。

「旭さんの、弱虫。」
「うん。」
「俺、離れていったり、しないですよ。俺は、旭さんが嫌だっつっても、離れたりしないんです。」
「うん。」
「旭さんが、情けないことくらい、俺は知ってるし。」
「うん。」
「そんなの、全部分かってます。情けないところも、かっこわるいところも、それも全部、ひっくるめて俺は・・・旭さんが好きなんですよ。」
「うん・・・俺も、西谷が好きだよ。」

遠回りして、何度も何度も傷つけた。それでも、やっぱり俺を好きだと言ってくれるんだ。
涙をいっぱいためて、俺を見つめてくる瞳が愛おしかった。胸の奥から、想いがこみ上げてくる。今度は俺が、頬に触れる小さな手に手のひらを重ねた。
するりと滑らせて、口元に持っていく。温度の溶けあった手のひらに口づけたら、冷たいと言われた。
触れた唇が冷たかったのか、俺の目から流れたものが西谷の手を濡らしたからかは、分からない。

「泣かないで、くださいよ。」
「西谷だって、泣きそう。」
「俺、泣かないですよ。・・・だって、すごく今、嬉しいのに。」

西谷は、笑った。いつもの、明るい笑顔じゃなくて、ちょっと困ったような涙をこらえた笑顔だったけど。
その笑顔は、何よりも綺麗で愛しいと思った。西谷なら、全部ぜんぶ、愛しい。

「待たせて、ごめん。」

もう、逃げたくない。西谷のこと、好きだから・・・一番大事な人だって、分かったから。
ぎゅうっと抱きしめて、その身体を腕の中にもう一度しまいこんで、好きだよと耳元で囁いた。
俺も、すっげえ好きです。そう言って見上げる西谷の目が、甘さを含んでいて、何かを期待しているみたいだったから。
恥ずかしいけど、そっとそのなめらかな額にキスをした。

「旭さん、そんなとこでいいと思ってるんですか?」

不満そうな西谷の声に、すみませんと笑う。目の前には、さあどうぞ、と言わんばかりに閉じられた大きな瞳。
今度は唇に触れるだけのキスをしたら、それじゃ足りないと言うみたいに、ぐいっと西谷が俺の首に手を回す。
それからは、何度も何度も。飽きるくらいに唇を重ねた。漏れる吐息の隙間で、好きという言葉が空気に溶けていく。
離れた唇から吐き出される少し上がった息が、白くなって二人の間を流れていく。目が合って、照れくさくて、どちらからともなく微笑んだ。

「今年も、これからも、よろしくお願いします。」
「こっちこそ、エース。」




海の向こうが少しずつ白んで、紫がかった雲がおぼろげな姿を見せる。真っ暗だった海に光が差し始めた。
ぎゅうっと、隣にあった手を握った。力強く、ここにいると伝えるように握り返してくれる、旭さんの右手。
この手をずっと、とりたかった。この人の右手、かけがえのない大切な、俺のエースの右手。
この人の右側は、それはずっとずっと、求めていた場所。憧れていた場所だ。

さっきまでぽっかりと口を開けていた暗闇は、刻一刻と鮮やかな姿を現そうとしている。
手を繋いで、暁の空を二人でずっと眺めていた。

<完>

****************************************
あかつき【暁】
1.太陽の昇る前のほの暗いころ。夜明け。明け方。
2.待ち望んでいたことが実現する、その際。

ということで、西谷くんの片想いもついに決着がつきました。
なんとか書ききれました、これも読んでくださる方がいるからだと思っております。
こんなぐだぐだ長い話に、最後までお付き合い下さって本当にありがとうございました!

以下、あとがきというか言い訳というか雑談なので、すっ飛ばしてくださってかまいません。
お暇な方はちょっとお付き合いしてやってくださると嬉しいです^^

この長編は、片想いの西谷くんを書きたい!というのがテーマにありまして。
おかげで西谷くんは旭さんに彼女いるわ、告白してもまた振られるわ・・・という散々な目に合ってしまいました。
でもだからこそ、やっとこさ実現した恋、というところでタイトルにいきつくわけです・・・ええ。(無理やり感は否めない)
決着は夜明けがいいなあと思っていたので、じゃあ冬設定だし元旦にしようと初期から決めていたんですが、途中で旭さんのお誕生日発覚でどうしようかと思いました。なのでプレゼント渡すシーンとかがまるっとカットなんですよね・・・。
でもまあ、こんなくっつくか分からない状況じゃプレゼントも用意しないかもだしね!という言い訳をしつつ。
蛇足になると思いますが、この二人の今後というか、エピローグ的なものを書けたらなと思っています。
大地さんとスガさん視点とかかもしれませんが・・・本当にこの二人よく出張りましたね。完全に私の趣味です。
とにもかくにも、こうやって最後まで形にできて一安心です。
ここまでお付き合いくださった皆さんに、重ねてお礼と感謝を。本当にありがとうございました!



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