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一話目から随分時間が経ってしまいました、お待たせしてすみません!
二話目です。春の次なので夏です。またまた季節外れ感が・・・!
以下に、ご注意を。

※旭さん大学一年、西谷くん高校三年の夏です。旭さんは東京の大学に進学してます。
※二人は付き合ってます、遠恋ものです。
※モブがちょっと出てます。

大丈夫という方は、追記からお願いします!


********************************


俺の知らない場所、知らない世界。
目の前の人は、どうして笑っているんだろう。
背中を見つめるしかない苦しさを、思い出した。





幸せのカタチ

act2.夏





「8月の頭に、夏季講習が二日続けて休みなんですよ。」

それは、夜でもすっかり蒸し暑くなった夏のことだった。今日が終業式だったという西谷は、夏休みを控えて少しテンションが高い。
去年までは俺も少なからずそうだったんだろうと思いつつ、今は机の上にあるカレンダーを見遣る。日付を確認しながら、レポートの期限とテストの日程を頭の中で整理していた。
大学生は、高校生よりも夏休みが遅い。今は期末試験や期末レポートの日程がどんどん発表されている時期だった。

「そっか。じゃあちょっと、ゆっくりできるね。」
「はい。旭さんも、その頃は夏休みですか?」
「うん、多分ね。一週目でテストは全部終わると思うから。」
「じゃあ、遊びに行ってもいいですか?」

弾むような声が、受話器の向こうから聞こえてくる。期待に満ちた、キラキラした目がぱっと思い浮かんだ。
想像の中の彼を見つめて、自然と頬が緩む。でも同時に、受験生の西谷に、こっちまで来させていいのかなという遠慮も浮かぶ。

「あ、でも、大丈夫?俺が帰ってもいいよ?」
「や、俺が行きたいです。」
「でも・・・」
「・・・こっちだと、あんまり二人でゆっくり会えないじゃないですか。」

むう、と少し唇を尖らせているかのような声が聞こえる。なるほど、確かにお互いに実家にいると、色々と遠慮しなければならないことも多い。
こっちでなら、時間も何も気にせず、一日中一緒にいれることは間違いなかった。

「そっか・・・うん、いいよ。俺も、二人で西谷に会いたい。」
「っ俺も、旭さんに会えるの、楽しみです!」

素直に会いたい気持ちを伝えあったものの、なんだか照れくさくなって二人でふっと息をもらした。
嬉しい気持ちが胸を満たして、同時に久々の逢瀬を思うと、胸が高鳴る。
結局、春休みに西谷がこっちに来て以来、一度も会えていなかったのだ。電話やメールは毎日のようにしていても、直接会えるのはやっぱり特別だった。
それからの電話は、何をしようかとか、どこに行きたいとか。二人で予定を決めていくのは楽しくて、嬉しくて、ずっと話していても言いたいことは尽きなかった。




講習が夕方に終わってから、夕焼けの中を大急ぎで家に帰る。それから、用意しておいたお泊まり用の大きめのバッグを引っ掴んで駆けだした。
それがほんの数時間前の話。今はもうすっかり日も落ちて、乗っている電車の窓は鏡みたいに自分を映しだしていた。
車内にアナウンスが響く。終着駅を告げるそれに、俺は隣に置いていたバッグを肩に掛けた。
降り立った駅の構内は、夜とはいえ冷房のよく効いた車両の中と違って、むわんとした熱気が充満している。
人の波に押されながら改札を通る頃には、少し背中がじんわりと汗ばんでいた。
しかし、そんな些細な不快感など、改札の向こう側に立っている人を見つけた瞬間に吹き飛んだ。
携帯をいじりながら俯いているその人は、周りにたくさん人が溢れる中でも、ひとつ頭が飛びぬけていた。

「旭さん!!」

思わず名前を呼べば、俯いた顔がぱっとこちらを向いた。俺は切符を通すのももどかしく感じながら、旭さんの方へ駆け寄った。
目の前に立つ旭さんは、白のカットソーに五分丈くらいの薄手のカーデを羽織って、髪をハーフアップにしてゆるくまとめていた。
私服は前から大人っぽかったから違和感がないけど、髪型は高校の頃のギュッと縛ったお団子とは少し雰囲気が違っていて、どきりとする。

「西谷、いらっしゃい。」
「はい!迎え、ありがとうございます。」
「じゃ、行こうか。」

いつも通り、ごく自然に俺の頭をゆるりと撫でていた旭さんは、そう言って歩きだすと同時に俺の左手を引いた。
え、とびっくりして固まった俺に旭さんは「どうしたの?」と振り返る。そして、繋いだ手をゆっくり見て、理解したのか一気に赤くなってさっと手を放した。

「ごごご、ごめん!俺、その・・・!」

なんか、思った以上に浮かれちゃってるみたいだ、なんて。消え入るような声で言われてしまったら、もう堪らなかった。
さっき旭さんを見て、変わってしまったのかなと、一瞬どきりと胸によぎった不安なんて帳消しになるくらいに。
俺は離れた手の平ではなくて、がっしりと逞しいその腕に自分の腕をからめた。

「に、西谷・・・!」
「早く旭さん家、行きましょう!」

そんで、力いっぱい抱きしめてください。
逞しい腕をぐいっと引っ張った。それに従って屈んだ旭さんの耳元で囁けば、さっきよりもっと真っ赤になっている。
口をぱくぱくさせて、何か言いたげにしてたけど、結局出てきた言葉は「うん」の一言だけ。
それでも俺を見つめる目が、とてもとても優しかったから、俺は笑って大きく頷いた。
絡めた腕は放したけれど、さっき握ってくれた手が、まだ熱を持ってるみたいだった。




「明日は、早起きしなきゃですね。」

部屋に帰ってくるなり、傾れ込むように身体を沈ませたベッドに寝転がって、西谷がつぶやいた。
キッチンからミネラルウォーターの入ったグラスを持ってきて、どかりとベッドに腰を下ろす。
その腰に腕を回して、抱きつくみたいにしながら西谷はスウェットを履いた太ももに頭を乗せた。ひっついて見上げてくる様子は、艶があるのに子どもっぽくて可愛かった。
水を寝ころんだままに受け取ろうとしたので、「こぼすよ」と注意すると、しぶしぶ起きあがって俺の足の間に座りなおしていた。

「西谷、やる気満々だね。」
「当然っす!今年まだ一回も海行ってないですもん。」
「ははは、俺も。でも、西谷も夏休み行ってなかったんだね。やっぱり部活、忙しい?」
「や、それもありますけど・・・旭さんと、行きたいなって、思ってたから。」

とっておいたんです、と少し恥ずかしそうに言う西谷を、後ろから強く抱きしめた。
苦しいですってば、なんて憎まれ口を叩かれても力を弱めなかった。いじらしい小さな背中を、すっぽりと胸に納めてしまいたかった。

「明日は、晴れるといいね。いっぱい泳いで、遊んで・・・一緒にいよう。」
「・・・はい。」

拘束するみたいに回した手に、西谷の手が重ねられる。腕の中の身体を反転させて、西谷の唇に自分のそれを重ねた。
深くではなく、ちゅ、ちゅ、と軽くリップ音をさせながらするキスは、甘ったるい空気をまとわせていた。
好きって気持ちが、触れあった熱からお互いに流れ込んでくるみたいだった。




東京に来て二日目、カーテン越しでも眩しい日差しで目が覚めた。空は期待通りに、きれいに晴れ渡った快晴だ。
目的の海岸に最寄りの駅は、下りた瞬間に薄く潮の匂いがした。ここから歩いて数分もすれば、海が見えてくる。
濃い空の青色と、トーンの違う海の青色。それから、湧き立つような真っ白の雲。コントラストのはっきりした色彩は、夏特有のそれだった。

「うわー、すげえ!」

目の前に広がる景色に、胸の中が騒ぎ出す。わくわくして、駆けだしたくなる。子どもみたいだって思われるかもしれないけど、この高揚感には抗えなかった。
早く行きましょう、と旭さんにせっつけば、海は逃げないよなんて言われる。そういうことじゃないってば。

砂浜に降りて、大きめの浮き輪を一つレンタルする。俺は浮き輪なんて使わずにがっつり泳ごうかと思ってたけど、旭さんは浮き輪を使ってのんびり浮きたいらしい。
少し沖まで足を伸ばせば、随分と人がまばらになった。浮き輪に身体を任せている旭さんに抱きつくみたいに掴まると、こめかみにちゅっとキスされた。

「なっ・・・!」
「あ、ちょっと塩辛い。」
「もう!あ、旭さん!」
「はは、ごめん。西谷の髪が下りてるの、可愛くて。」

さすがに泳ぎには耐えられずに垂れてしまった前髪を横に避けながら、旭さんは今度はおでこに一つキスをした。
思いがけない大胆な行動に、俺は焦って真っ赤になってしまう。それを見て、また笑う目の前の人が憎らしい。

「だ、誰かに見られたら、どうするんスか!」
「いいよ。それに、こんな沖で人も少ないし、誰も見てないって。」

今は、二人だけだよ。
そう言った旭さんの表情が、あまりにも男らしくて格好良くて。濡れたクセのある髪の隙間から覗く流し目に、心臓が止まるかと思った。
この瞬間は、本当に幸せな時間だった。二人の中には、お互いしかいない。ひどく満たされた気持ちだった。

それからしばらくは、海に入ってじゃれるみたいに遊んだ。結局渋る旭さんと競争をして、俺が勝ったので、昼は奢ってもらう約束をした。
たこ焼きとか、おでんとか、さっき見た屋台や店のメニューを思い出していたらお腹が減ってくる。時間はもう、12時を回っていた。

「旭さん、俺もうお腹空きました。」
「んじゃ、一回上がろうか。」

何を食べようかと話ながら、二人で砂浜から続く階段を上がって、屋台やら海の家やらがある辺りを歩いているときだった。

「あれ、東峰?」

後ろから呼びとめたのは、知らない顔ばかりだった。男女合わせて、五人ほど。見た目からして、そう年は変わらないみたいだ。
でも、少し明るい髪の色や垢ぬけた雰囲気は、高校生ではないと思う。きっと旭さんの大学の友達だろう。

「え、お前らも来てたの?」
「みんなで急に海行きたくなって!すごい偶然~!」
「てか思ったけど、東峰くん今日遊べないって言ってたくせに、遊んでるじゃん~!」
「大事な用事、とか言いやがってたのによー。」

わっと話かけてきた人たち相手に、旭さんは少したじろいでいた。でも笑顔で接しているのを見ると、ああ仲が良いんだろうなと感じる。
それから、課題がどうだとか、夏休みのバイトがどうだとか、電話で旭さんに聞いたような、大学生っぽい話が繰り広げられていた。

知らない人と、自分には分からない話をする旭さん。なんだか、すごく遠い。

別にそれは、高校にいた時とだって変わらないはずだった。
俺と旭さんの共通の話題はバレー部のことで、共通の知り合いだってバレー部のメンバー以外ほとんどいない。
クラスで誰と仲が良いとか、どんな勉強をしてるとか。俺しか知らない旭さんだって確かにいたけど、俺の知らない旭さんだってたくさんいた。

それなのに今、こんなに心細いのはきっと、俺たちが離れたせいだ。今までなら気にもならなかった些細な距離に不安を掻き立てられているんだろう。
たった一歩のはずだ、旭さんと自分との距離は。でも、この一歩は心にとって大きな距離。
目の前にある、肌色をさらけ出した大きな背中を見つめた。でも、振りかえらない背中を見続けるのは、なんだか苦しかった。
どうしたらいいのか分からなくて、手持ち無沙汰に視線をさまよわせていたら、髪をポニーテールにしている女の人がこっちを見て笑顔になった。

「やだ、可愛い!ちょっと東峰くん、誰この可愛い子!弟?には見えないけど・・・」

どくんと心臓がひとつ跳ねた。同時に、その言葉をきっかけにして一気に視線がこっちに集まる。
誰だ誰だと、好奇の目を向けられるのは、居心地が悪い。
緊張なのか、不機嫌なのか、少しぶすくれた面になっているだろう。旭さんは、困ったように眉を下げながら、俺を庇うみたいに身体をずらした。

「バレー部の後輩だよ、高校の。」

後輩、か。そりゃそうだ。
それは事実だし、そう言うのが当然だ。男同士で付き合ってることは、誰彼構わずに言うようなことではない。
ただ一瞬、旭さんは何て答えるのかな、なんてどきどきした自分がしょうもなくて腹立たしくて、胸の辺りがチリッとした。

「へー!あれ、確か地元って宮城だよね?わざわざ遊びに来たの?」
「高校生なんだ!?中学生くらいかと思った!可愛いー!」

好き勝手に話す人たちを前に、どう返事もしたらいいのか分からない。
見た目に関しても、可愛いは少なくとも俺にとってほめ言葉ではないし、中学生だなんて失礼なことを言われてるけど、それに反論さえ出来なかった。
いつもみたいな威勢の良さも、この空気に食われてすっかり形を潜めてしまっていた。

「ね、名前なんていうの?」
「・・・西谷っス。」
「そっか、西谷くんか。ね、今から一緒に遊ばない?今日は夜に花火もあるし、一緒に見ようよ。」

もう一人の女の人が、そう言って微笑みかけてきた。下ろしているそれはきれいな黒髪で、落ちついた優しそうな人だった。
後ろにいる旭さんにも、どうかなって誘いかけていた。その、ふと見遣った旭さんへの視線で、直感した。
そんな些細なことで、何が分かるでもないはずだ。でも、感じた。理由は、俺もそうだから、としか言いようがない。

――あ、この人、旭さんのこと好きなのかも。

ずきんと、胸の奥に痛みが走る。この感覚を、知っている。
自分ではない誰かに、想われる旭さん。本人が気付いていないけど、この人はモテるんだよなあ。

でも、この女の人が旭さんを好きかどうかは別にしても、その申し出に同意する気はなかった。
だって、今日は二人でいたい。滅多に会えないんだ。こうやって一緒に過ごす時間は、貴重な時間なんだ。
どうやって答えたら、不自然じゃなく断れるんだろう。俺が断らなきゃ、優柔不断な旭さんのことだ、このままずるずる一緒に行きかねない。
とにかく、何か言わないと。そう思って、意を決して口を開いた。

「俺は・・・」
「ダメ。今日は、西谷と一緒にいるから。」

俺の言葉を遮るように、旭さんの言葉が重なった。それはいつもの旭さんらしくない、はっきりとした口調だった。
すぱっと意見を出した旭さんに、周りを囲む友人たちも、少し驚いている。でも一番驚いているのは、多分俺じゃないだろうか。

「まあ、仕方ないか。せっかく遊びに来てるのに、邪魔するのもなあ。」
「そだね、久々に会うんだろうしね。」

それから、口々に旭さんの言葉への同意を見せて、じゃあまた連絡すると言いながら大学生たちは去っていった。
最後、あの長い髪の人が振り返ったけれど、俺はぺこりと頭だけ下げた。目線を合わせたくなかった。
合わせたら、対抗心とか、疑念とか、そういった泥ついた気持ちが伝わってしまいそうで怖かった。

「ごめんね、まさか知り合いに会うと思わなかった。」
「別に、いいですよ。学校の友達っスか?」
「うん、同じ学科の奴らなんだ。一緒に授業とか、受けてるから。」

そっか、学校で一緒にいる人たちなんだな。あの人たちの輪の中で、旭さんは過ごしているんだ。
あの長い髪の人は、いつも旭さんの、傍にいるのかな。
ああ、また。チリチリと、妬けつくこの胸を、誰かどうにかしてくれないか。こんな気持ちは、嫌なんだよ。

「夜、花火あるって言ってたね。見てから帰る?」

尋ねた旭さんに、俺は少し考えたけど、ふるふると首を横に振った。
空に打ちあがる花火は、でっかくて派手でキレイで、好きだった。きっと旭さんも好きだと思う。
でも今日は、こんなにたくさん人のいるところで、夜までいたくなかった。早く、二人きりになりたい。
二人になれば、こんな気持ちもきっと消える。旭さんの匂いとかぬくもりとか、そういったものに包まれたら。
あたたかい毛布にくるまるみたいで、でも同時に心も触れた肌も熱くなる、あの感覚を味わえば。
きっとこんな気持ちもすっかり自分から流れ落ちるはずだ。

「夜は、二人でいたい、です。」

なんとか笑って、そう言った。甘えるみたいな声だった。
旭さんは、きょとんとしたけど、すぐにふんわり笑ってくれた。そっか、と自身の後頭部を撫でつけるみたいに頭を掻くのは、旭さんの照れたときの仕草だ。
よかった、そういった意味で受け取ってくれて。俺はちゃんと、笑えていたんだろう。

怖いものなんてないと、思っていた。
こんな弱い自分がいるなんて、知りたくなかった。いつだって、まっすぐ前だけ見ていけるような自分でいたかった。
でも、コートの中と違って、旭さんのことになると弱さが顔を出す。不安になったり、苦しくなったり、自分を信じられなくなったり。
そんなこと、旭さんには、知ってほしくない。

俺の中の不安も、寂しさも、泥ついた想いも。何ひとつ、旭さんには見せたくなかった。
ただ、旭さんの前では、幸せな笑顔を見せていたかった。




川沿いの道を歩く背中を、沈みかけた夕陽が押していた。目の前に伸びる長い長い影法師は、二つならんで揺れていた。
空も川も町並みも、全てが燃えるような色に染まっている。明日もきっと、晴れるだろう。

バタンと閉めた玄関のドアの内側。靴を履いたまま、俺は一人暮らし用の狭い玄関で、荷物も放って目の前の身体に抱きついた。
後ろから、自分より随分がっしりした腰に手を回した。交差させた手は、固い腹筋の上。
頬を擦りつけるみたいに、無遠慮に力を込めた。すうっと大きく息を吸えば、旭さんの匂いがした。

「旭さん、抱いてください。」

顔を背骨の辺りに押しつけながら、くぐもった声でそうつぶやいた。
背中越し、びくりと身体に緊張が走った。固くなった身体に回した腕に、更に力を込めた。旭さんは、何も言わない。

「旭さん・・・。」

懇願するみたいに、もう一度名前を呼んだ。

「西谷・・・どうしたの?」

逆流するみたいに、脳内でフラッシュバックする今日の光景。知らない人と話す旭さん、旭さんを見つめる女の人。
あの女の人は、旭さんと少し雰囲気が似ていた。二人で並んでいるのは、とても絵になった。弟と間違えられる自分とは、随分な差だ。
俺の知らない世界、俺が入れない、世界。

――でも、旭さんは俺のものだ。

前に旭さんに彼女がいた時は、自分の想いが報われないって決めつけていたけど、今は違う。
この人は、俺のなんだ。誰にも渡したくない、この人に触れていいのは、俺だけなんだ。
そんな独占欲を自分の中に感じながらも、表に出すことはどうしても憚られた。

「どうもしないですよ。」
「ウソつくなよ。」

どうしたなんて、そんなことはいいんから。そんなことより、ただ早く、抱いてほしい。
一刻も早く、この身体に、温もりが欲しい。こんな不安も寂しさも全部、消したい。

「震えてるじゃないか・・・。」

回した腕に、旭さんの大きな手が重ねられる。俺の手のひらなんか、すっぽり収まるような大きくて厚い手。
カタカタと、小刻みに振動していることに気付いて、唇をぎゅっと噛みしめた。もっと、上手に隠せると思ったのに。

「西谷、言ってくれ。そうじゃなきゃ、分からない。俺、ちゃんと聞くから。」
「・・・から、なんでもないっつってんでしょ。旭さん、しつこいです。」
「西谷、なあ・・・。」
「いいから、早くっ・・・!」

促す旭さんの言葉を遮るみたいに言い募ったら、身体に巻きつけていた腕を強引に引き剥がされた。そして驚く間もなく、身体が宙に浮く。
背中と、膝の裏に手が入って、顔は旭さんの胸元に押し付けられていた。いわゆる、お姫様抱っこだ。
俺はサンダルを履いたままなのに、旭さんはずかずかと部屋の中に進んでいく。部屋の途中、足から滑り落ちたサンダルが床に転がった。
突然の思いもよらない旭さんの行動に、頭がついていかない。

「ちょ、待っ・・・」
「待たない。」
「旭さん!」

ぼすん、と身体がシーツに沈む。そのまま顔の横に手が置かれて、被さるように大きな身体が上に乗っていた。
強く唇が押し当てられて、塞がった苦しさから薄く口を開けば、舌が割り入ってきて自分のそれが絡めとられる。
咥内で絡む舌から発する水音が、脳まで響いてくらくらした。翻弄されている。
酸欠になりそうになったところで、ゆっくりと唇が離れた。それでも、息の掛かりそうな距離で見つめられる。
旭さんの薄茶色の瞳は、まっすぐ鋭く俺を捉えていた。瞳の奥に、困惑した俺がいた。

「旭さ・・・」
「西谷、俺はそんなに、頼りない?」

ぎゅっと力の入った眉間に、つり上がった眉。一見したら怖いと思われそうなその表情と裏腹に、その声音はどこか悲しみを帯びていた。
ねえ、と重ねて尋ねられても、俺は何も答えられない。どうしてそんなことを聞かれているのかも、分からないのだ。

「西谷がどんなこと思ってても、俺はちゃんと聞くよ。聞いて、受け入れて、一緒に考えるよ。」
「・・・。」
「ごまかすみたいに、するな。一人で抱え込むなよ。・・・俺は、西谷に、そんな顔させたいんじゃないんだ。」

壁を、作らないでくれ――

支えていた腕を折り曲げて、旭さんの身体が被さってくる。その重みが、自分の小さな身体に圧を加えた。顔のすぐ右に、シーツに押し付けた旭さんの耳とお団子が見える。
表情は見えないけど、声は掠れていた。泣いているのかと、思った。

「旭、さん。」

俺はゆっくり、口を開いた。旭さんは動かないけど、そっと耳をそばだてている。
ぐっと息をのむ。言いたくない、言いたくない。
こんな独占欲や嫉妬みたいな、泥ついた女々しい思いなんて、旭さんに知ってほしくない。
でも、言わないことが、この人を傷つけることだってあるんだと、初めて知った。
俺のプライドくらい、かなぐり捨てなきゃ。大事な人が、震えているなら。

「俺、今日、不安になったんです。旭さんが、遠くに行っちゃった、気がして・・・。」

俺の知らない世界があって、それは当たり前で、全部知りたいなんて欲張りすぎる。
お互いのことを尊重し合えるような関係がいい、のに、矛盾する気持ち。

「前に、怖いものなんかないって、言ったのに。不安になることなんか、ないって、思ってたのに。みっともないくらい、嫉妬して、不安になって・・・」

でもこんなカッコ悪い、情けないって。言えないって、思って。

だから、こんな気持ちを口にしなくても、身体さえ繋げていれば、心も繋がっているって思える気がしてた。そうすることで、自分を安心させたがってた。
旭さんの前では、笑っていたかった。二人で過ごす時間に、影を落としたくなかった。
一緒にいられる時間を、大事にしたいって思ったから。

「・・・俺は。」

ずっと黙っていた旭さんが、ようやっと口を開く。すぐに消えてしまいそうな声を一つ残さず拾えるように、今度は俺が耳に神経を集中させた。

「西谷が、気持ちを隠して何も言わないでいることが、苦しかったよ。」

貼り付けた笑顔と、何かをごまかすみたいに切羽詰まって強請る声。
西谷の、まっすぐで正直な笑顔が好きなのに、こんな顔をさせてしまっている。こんなに苦しそうに、身体を求めさせてしまっている。
言わないのは、俺のためだって、分かってたけど。「なんでもない」は、俺のための嘘だって、分かってたけど。
それでも、そうさせる自分が情けなくて。
こんなに、近くにいるのに、どうして目の前の人のこと、分かってあげられないんだろうって。

「旭さん、ごめんなさい。」
「いいよ。聞かせてくれて、ありがとうな・・・それから、不安にさせて、ごめん。」
「旭さんは、悪くないです。俺が、勝手に・・・」
「うん。でも、ごめん。」

ごめん、好きだよ。好きだよ、好きだよ。
耳元で、直接吹きこまれていく甘い言葉たち。沁み入るみたいに、乾いた心に、熱を孕んだ身体に溶けていく。

「旭さん、手が・・・」
「抱いてって言ったの、西谷でしょ?」
「それは、まあ、そうなんスけど・・・」
「・・・もっと近くにいたいんだ。」

そうやって、旭さんの身体を支えるみたいにしてた手がゆっくりと自分に触れた。
明らかな意図を持って動いていく熱に、目をぎゅっと瞑る。瞼の裏がチカチカと白く光った。
行為が進むほど、頭の中は真っ白になっていった。自分の鼓動と声と、旭さんの熱だけ。
お互いのぬくもりを共有して、欲しがって、何度も何度も与えあった。




「西谷、手を出して。」

ベッドの中で、シーツにくるまって並んで寝転がっていた。
足は半分以上、はみ出している。空調を効かせた部屋でも、さっきまで思いきり汗を掻いたせいで、まだ身体は熱を持っていた。
二人して、暑いなって言いながら、それでも名残惜しくて身体は離せずにいた。
言われた通り、ごそごそと手を顔の近くまで持っていく。旭さんと自分の間に、左の手のひらを広げた。
すっとそこに置かれたものは、自分が春に旭さんのポケットから垣間見たものだった。

「旭さん、これ・・・」
「今度会ったら、渡すって言っただろ?」

握らせるみたいに、旭さんが俺の指先を包んだ。手の中にある冷たいそれは、自分の熱をじんわりと奪う。
実体以上に、それは重く感じられた。

「貰ってほしい。これ持っててほしいって思うのは、西谷だけだから。」

はにかむみたいに笑う、旭さんの目元は優しい色をしていた。
俺は、込み上げてくるものをこらえるのに必死で、ぐしゃりと表情を崩してしまった。視界が揺らめきそうになるのを、なんとか耐える。

「俺、嬉しい、です。」

春の頃は、なくてもいいくらいに思っていたのに。くれたら嬉しいかな、くらいにしか、思っていなかったのに。
今は、この手のひらの中にあるものが、かけがえのない宝物みたいに思えてきた。
最初、繋がりを求めたのは俺だった。断られて、拒絶されて、それでも欲しがった。
そうやって手に入れてきたものを、今度は旭さんからくれた。旭さんが、俺と繋がっていたいと、思ってくれている。
心の繋がりを、こうして形にしてくれたことが、たまらなく嬉しかった。

俺は、絶対に旭さんを離さない。それと同じように、旭さんだって俺を離さない。きっと、そうなんだ。
もう、一方通行じゃないんだ。付き合って二年も経つのに、それをやっと分かった気がした。

ありがとうございます、とお礼の言葉と一緒に零れた、一粒の涙が頬を伝った。
それを拭ってくれた手は、やっぱりどこまでも優しくて、俺は涙を零しながら笑った。


***************************************
抱き合うのは、心を繋ぐ手段ではなく、心を繋いだ確認なんだ。

ノヤさんは好き過ぎて、気持ちがどこか一方通行だと無意識に思ってそうだなと感じていたので。
これ、ラストくらいの勢いなんですが・・・後半話が持つのか不安です;
次は秋です!いつもよりポエミィ度3割増しの旭さんの予定です(え

ここまで読んでくださりありがとうございました^^!

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